マーラーの交響曲第2番「復活」は、演奏に約80分かかる大きな曲です。それなのに、合唱が初めて声を出すのは、最後の第5楽章が半分を過ぎてから。しかもその最初の一声は、ごく弱い音で始まります。
ホルンとトランペットをそれぞれ10本も用意しておきながら、いちばん大事な言葉はささやくように始めるのです。テューバ奏者として、そして音響を学んだ側としてこの曲の楽譜を見ると、音の“大きさ”よりも“距離”で物語を組み立てた曲に見えてきます。
マーラー「復活」:まず1分だけ
グスタフ・マーラー(1860〜1911)は、ボヘミア(現在のチェコ)に生まれ、ハンブルクやウィーンの歌劇場で指揮者として働きながら交響曲を書いた作曲家です。交響曲第2番 ハ短調は1888年から1894年にかけて書かれ、1895年12月13日にベルリンで、マーラー自身の指揮で全曲が初演されました。
「復活」という呼び名は、終楽章で歌われる詩の題「復活(Die Auferstehung)」から来ています。ハ短調の重い音楽で始まり、合唱とオルガンが加わる変ホ長調で終わります。暗から明へ、という大きな流れを、80分かけて描く曲です。
項目 | 内容 |
|---|---|
作曲者 | グスタフ・マーラー(1860〜1911) |
作曲 | 1888〜1894年(その後も改訂を重ねた) |
全曲の初演 | 1895年12月13日、ベルリン(作曲者の指揮、ベルリン・フィル) |
楽章 | 5つ |
声 | アルト独唱(第4・第5楽章)、ソプラノ独唱と混声合唱(第5楽章) |
編成の特徴 | ホルン10本・トランペット10本(うち各4本は舞台の外)、オルガン、ハープ2台 |
演奏時間 | 約80分(演奏によって80〜90分) |
調 | ハ短調で始まり、変ホ長調で終わる |
5つの楽章を表で見る
各楽章の性格は大きく違います。マーラーが楽譜に書いたドイツ語の指示も、聴き方の手がかりになります。
楽章 | 指示・題 | 調 | 聴きどころ |
|---|---|---|---|
第1楽章 | アレグロ・マエストーソ(速く、堂々と) | ハ短調 | 1888年に書かれた音楽がもとで、「葬礼(トーテンファイアー)」という題の交響詩として扱われたこともある。楽譜には、この楽章のあとに少なくとも5分の休みを置く指示がある |
第2楽章 | アンダンテ・モデラート | 変イ長調 | 指示は「とてもゆったりと。決して急がずに」。第1楽章とは正反対の、穏やかな音楽 |
第3楽章 | 静かに流れるような動きで | ハ短調 | マーラー自身の歌曲「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」を、管弦楽に移した音楽 |
第4楽章 | 「原光(ウアリヒト)」 | 変ニ長調 | アルト独唱。歌詞は民謡詩集『子供の不思議な角笛』から。指示は「とても荘厳に、しかし素朴に」 |
第5楽章 | スケルツォのテンポで | ヘ短調で始まり、変ホ長調で終わる | 30分を超える終楽章。舞台の外の金管、独唱、合唱、オルガンが加わる |
独唱と合唱を最後の楽章に置く交響曲には、ベートーヴェンの第九という先例があります。マーラーも最後の楽章に独唱と合唱を置きましたが、その前にアルト独唱の短い楽章を1つ挟んでいます。いきなり大合唱に行かず、一人の声で祈りの場を作ってから終楽章へ進む順番です。
「復活」の言葉はどこから来たのか
終楽章の言葉が決まるまでには、時間がかかりました。第2・第3楽章は1893年に書かれましたが、合唱を入れる終楽章にどんな言葉を使うかが決まらなかったのです。
きっかけは1894年3月、ハンブルクで営まれた指揮者ハンス・フォン・ビューローの葬儀でした。ビューローはマーラーの指揮を高く評価していた先輩の指揮者です。その葬儀で合唱が歌ったのが、18世紀ドイツの詩人フリードリヒ・ゴットリープ・クロプシュトック(1724〜1803)の「復活」でした。葬儀や復活祭の礼拝でよく歌われてきた賛美歌です。マーラーはのちに手紙で、このときのことを稲妻に打たれたようだったと書いています。
ただし、マーラーが使ったのはこの詩の最初の2節だけです。その先には、自分で書いた言葉をつなげました。冒頭は「よみがえる、そうだ、おまえはよみがえる」という呼びかけで、曲の終わりへ向かう言葉はマーラー自身のものです。
- 1888年:第1楽章のもとになる音楽を書く
- 1893年:第2・第3楽章を書く
- 1894年3月:ビューローの葬儀でクロプシュトックの「復活」を聴き、同じ年に終楽章を完成させる
- 1895年3月:第1〜第3楽章だけを、ベルリンで先に演奏する
- 1895年12月13日:ベルリンで全曲を初演する(作曲者の指揮)
- 1897年:総譜(フルスコア)が出版される
一段深く:音の“大きさ”と“距離”は別のもの
終楽章でいちばん印象に残るのは、舞台の外に置かれた金管と打楽器です。楽譜には、ホルン4本とトランペット4本、ティンパニや大太鼓などを舞台の外で鳴らす指定があり、「遠くへ」「とても遠く」といった書き込みが添えられています。
音響を学んだ側から見ると、面白いのはマーラーが“小さい音”と“遠い音”をはっきり別のものとして扱っている点です。私たちは音の距離を、大きさだけで判断しているわけではありません。直接届く音と、壁や天井で反射して届く音の割合。扉や壁を回り込むうちに、高い音の成分ほど弱まって丸くなった音色。こうした手がかりから、耳は「遠くで鳴っている」と感じ取ります。
ベルリオーズ「幻想交響曲」は、舞台の外の楽器1本でこの効果を使いました。マーラーは、それを金管と打楽器の一群にまで広げています。
だから「復活」の終楽章では、遠いのに力強い音と、近いのにごく弱い音が、順番に現れます。自筆譜に「大いなる呼び声」と書き込まれた場面では、舞台の外の金管が遠くで呼び交わし、舞台上のフルートが高い音で応えます。その呼び声がやんだあと、舞台上の合唱が、すぐそこにいるのに聞こえるか聞こえないかの弱さで歌い始めます。大音量で圧倒したあとに、合唱には声を張り上げさせません。距離の設計があるからこそ、この入りが効いてきます。
テューバ奏者の目で編成表を見ると、もう一つ気づくことがあります。ホルン10本、トランペット10本、トロンボーン4本に対して、テューバはたった1本です。終楽章の最後にオルガンまで加わる大音量の中で、金管の一番下の音を1本で支え続けることになります。音を大きくするより先に、響きの底を崩さないこと。演奏する側から見た「復活」は、そういう曲でもあります。
いま、この曲を聴くなら
2026年10月には、NHK交響楽団が創立100年の記念演奏会でこの曲を取り上げました(指揮は首席指揮者のファビオ・ルイージ)。関連する最近のニュースは、LF CLASSIC のマーラー、ファビオ・ルイージ、NHK交響楽団の各ページにまとめています。
はじめて全曲を聴くときは、次の3か所に耳を向けてみてください。
- 第1楽章が終わったあとの“間”。マーラーは、ここに長い休みを置くよう楽譜に書いています
- 第4楽章「原光」のアルト。大合唱の前に、一人の声が祈りの場を作ります
- 第5楽章の舞台の外の金管。どの方向から、どのくらい遠くに聞こえるかを確かめてみてください
よくある質問
Q. 第1楽章のあとの「5分の休み」は、実際に取るのですか
A. 楽譜には、第1楽章のあとに少なくとも5分の休みを置くよう書かれています。ただ、いまの演奏会でこの指示どおりに5分を取ることは多くありません。この休みには、独唱者が舞台に入る時間を取る意味もあったと説明されることがあります。
Q. アルトの独唱を、メゾ・ソプラノの歌手が歌うのはなぜですか
A. 楽譜の独唱はソプラノとアルトですが、演奏会の案内ではアルトのパートを「メゾ・ソプラノ」と書くことがあります(2026年10月のN響の演奏会もそうでした)。二つの声の音域は大きく重なっているためです。違いはメゾソプラノとアルトの違いで詳しく整理しています。
まとめ
マーラーの「復活」は、葬礼の音楽から始まり、合唱とオルガンの「よみがえる」で終わる、約80分の交響曲です。全部を一度に追わなくて大丈夫です。まずは舞台の外から届く金管と、そのあとにそっと入る合唱。この二つの距離の差を聴き分けるところから始めてみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
