ラヴェルの「ボレロ」は、小太鼓が同じリズムを最初から最後まで刻み続け、その上で二つの旋律が楽器を替えながら何度も繰り返される曲です。演奏時間は約15分。交響曲のような展開はほとんどなく、転調も終盤に一度あるだけです。
それなのに、聴き終えると大きな物語を一つ聴いたような手応えが残ります。同じものを繰り返しているのに、どうして飽きないのでしょうか。
ラヴェル「ボレロ」:まず1分だけ
「ボレロ」は、フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875〜1937)が1928年に作ったバレエ音楽です。ダンサーのイダ・ルビンシュテインの依頼で書かれ、同じ1928年の11月22日にパリ・オペラ座で初演されました。いまは演奏会用の管弦楽曲として演奏されることのほうが多い作品です。
拍子は4分の3拍子で、スペインの舞曲「ボレロ」のリズムがもとになっています。曲は小さな音のリズムで始まり、少しずつ音量を増しながら、最後に爆発して終わります。この「同じ形のまま、音量と楽器の数だけが育っていく」設計こそが、曲の中身のすべてです。
項目 | 内容 |
|---|---|
作曲者 | モーリス・ラヴェル(フランス、1875〜1937) |
作曲・初演 | 1928年(11月22日、パリ・オペラ座で初演) |
もとの形 | バレエ音楽(ダンサー、イダ・ルビンシュテインの依頼) |
拍子 | 4分の3拍子 |
演奏時間 | 約15分 |
曲の骨格 | 小太鼓のリズムが最後まで続き、二つの旋律が楽器を替えて繰り返される |
同じリズムが続く曲の設計
曲の背骨になっているのは、小太鼓が刻む短いリズムです。冒頭の最も小さな音から、終盤の全楽器が鳴り響く場面まで、このリズムは基本的に形を変えません。冒頭では弦楽器がピッツィカート(弦をはじく奏法)で伴奏し、一定の歩みを支えます。
その上に乗るのが、二つの旋律です。一つ目の旋律と二つ目の旋律が、ほぼ決まった順番で何度も現れ、そのたびに別の楽器が受け持ちます。旋律そのものは、ほとんど変形されません。変わるのは、誰が吹くか、何の楽器が重なるか、どれだけ大きく鳴るかです。
楽器の受け渡しは、どう変わっていくのか
曲の進行を、楽器の使われ方で大づかみに整理しておきます。細かい登場の順番は版によって読み方が分かれることもあるため、ここでは流れの大きな部分だけを並べます。
段階 | 聴きどころ |
|---|---|
冒頭 | 小太鼓が弱い音でリズムを始め、そこにフルートなどの木管が旋律を乗せる |
前半 | 木管を中心に、旋律が楽器から楽器へ受け渡される。伴奏の音が少しずつ増える |
中盤 | サクソフォンや金管(トロンボーンのソロなど)が旋律を担い、音色が一気に変わる |
終盤 | ほとんどの楽器が重なり、音量が最大になる。転調して曲が最高潮に達し、一気に締めくくられる |
注目したいのは、音量のクレッシェンドが「指揮者の指示」だけで作られていない点です。楽器の数が増え、音色の層が厚くなることで、同じ音量表記でも聞こえ方が大きくなっていきます。この方法は、ラヴェル自身が編曲したムソルグスキー「展覧会の絵」と同じ、管弦楽法の手腕そのものです。
一段深く:音が大きくなる理由は、音量だけではない
音響を学んだ側から見ると、「ボレロ」の盛り上がりは、単純な音量の増加だけでなく、重なる倍音が増えることでも生まれていると考えられます。同じ高さの音でも、フルートの単独から、フルートにほかの楽器の倍音が重なっていくと、聴覚はそれを「大きく、明るく」と受け取ります。ラヴェルは、楽器の組み合わせで音色そのものを設計しました。たとえば中盤には、ホルンとチェレスタの旋律に2本のピッコロを重ね、ピッコロには倍音にあたる高さで別の調の旋律を吹かせる箇所があり、いくつもの楽器が1つの新しい音色に溶け合って聞こえます。
演奏する側の実感も一つ添えます。同じ音量とテンポを15分間保ち続ける小太鼓の仕事は、派手さのない代わりに、全員の拠りどころになります。小太鼓が揺らげば曲全体が揺らぎますから、舞台の上では最も責任の重い役割の一つです。
固定された旋律が、少しずつ性格を変えながら現れるという点では、ベルリオーズ「幻想交響曲」の固定楽想とも通じています。ただ、幻想交響曲は旋律の形が変わるのに対し、「ボレロ」は形を変えずに周りだけを変えていくのです。この対比で聴くと、二つの曲の設計の違いが見えてきます。オーケストラの楽器配置を頭に入れて聴くと、旋律がステージのどこから聞こえてくるかも、手がかりになります。
よくある質問
Q. 「ボレロ」はもとはバレエ音楽なのですか
A. そうです。1928年のパリ・オペラ座での初演はバレエでした。いまは演奏会用の管弦楽曲として単独で演奏されることが多く、フィギュアスケートなどで使われる機会もあります。
Q. 小太鼓の奏者は、15分間ずっと同じリズムを叩くのですか
A. 基本的には、冒頭から終盤まで同じリズムを叩き続けます。音量を段階的に上げていく技術も必要で、いわば曲全体のクレッシェンドを、小太鼓が最初から支えています。
まとめ
「ボレロ」は、同じリズムと二つの旋律を繰り返しながら、楽器の組み合わせだけで15分間の物語を作る曲です。聴くときは、小太鼓のリズムを背骨に置き、どの楽器が旋律を受け取ったかを追ってみてください。繰り返しているのに飽きない理由が、少しずつ分かってきます。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
