ホルストの組曲「惑星」を聴いて、途中で数え始めたことはありませんか。火星、金星、水星、木星、土星、天王星、海王星。七曲で終わってしまい、冥王星が出てこないまま曲が消えていきます。地球も入っていません。
冥王星が無いのは、この曲が書かれた1910年代に冥王星がまだ発見されていなかったからです。発見は1930年のことでした。そして地球が無いのは、まったく別の理由によります。この二つを切り分けると、「惑星」という曲の設計がはっきり見えてきます。
まず1分だけ:これは天文学の曲ではありません
「惑星」は、天体の姿を音で描写した曲ではありません。ホルストが着想を得たのは占星術で語られる惑星の性格のほうです。だから各曲には「戦争をもたらす者」「平和をもたらす者」といった副題が付いています。
地球が入っていないのも、ここで説明がつきます。占星術で性格を読み取る対象に、自分たちが立っている地球は含まれないからです。星の写生ではなく、星に託された性格の描き分け。この前提を押さえておくと、七曲の並びがただの太陽系の順番ではないことにも気づきます。
七つの曲を一覧で
曲順は太陽からの距離の順ではありません。性格の対比で並べられています。
曲順 | 曲名と副題 | 性格 | 聴きどころ |
|---|---|---|---|
1 | 火星、戦争をもたらす者 | 荒々しく、容赦のない前進 | 五拍子で執拗に刻まれるリズムと、金管の圧 |
2 | 金星、平和をもたらす者 | 静けさと安らぎ | 冒頭のホルンの独奏と、透明な高音の響き |
3 | 水星、翼のある使者 | 軽やかで落ち着かない | 短い音型が楽器から楽器へ渡っていく速さ |
4 | 木星、快楽をもたらす者 | 祝祭的で大らか | 快活な冒頭と、中間部の広い旋律 |
5 | 土星、老いをもたらす者 | 重く、避けられない時間の歩み | 淡々と刻まれる歩みが頂点へ達する過程 |
6 | 天王星、魔術師 | ふざけたようで不気味 | 冒頭の動機と、オルガンが加わる大きな身振り |
7 | 海王星、神秘主義者 | 輪郭を持たない神秘 | 舞台裏の女声合唱と、消えるように終わる結び |
火星の暴力の直後に、金星の静けさが置かれています。この落差が、組曲としての設計の核です。組曲という形式そのものについては組曲とは何かもあわせてどうぞ。
冥王星が無い理由は、事実として確定しています
冥王星が発見されたのは1930年です。「惑星」が書かれたのは1910年代ですから、作曲の時点では存在が知られていませんでした。つまりホルストが選ばなかったのではなく、選びようがなかったということです。
ホルストは1934年に亡くなっています。発見から数年のあいだに書き足す機会はあったことになりますが、この組曲に冥王星の楽章が加えられることはありませんでした。後年、別の作曲家が「冥王星」の楽章を書き加えて演奏された例もあります。
そして2006年、冥王星は準惑星という区分に再分類されました。惑星として数えられなくなった、ということです。結果として「惑星」は、書かれた当時の太陽系の姿を残したまま、いまの分類にも一致する形になりました。偶然ですが、この曲が天文学の教科書ではないことをよく示しています。
木星の中間部について
木星の中間部に出てくる大らかな旋律は、この組曲のなかでもよく知られています。後に別の歌詞を付けて歌われるようになり、イギリスでは合唱曲として広く親しまれてきました。
その成立の経緯については記述に幅があり、ここで断定的に書けることは多くありません。確かなのは、この旋律がもともと組曲の一部として書かれ、そこから独立して歩き始めたという点です。曲の一部が元の文脈を離れて有名になる現象は、ドヴォルザーク「新世界より」の第2楽章にも起きています。
一段深く:舞台裏の合唱をどう鳴らすか
「惑星」は編成が大きい曲です。オルガンや二台のハープ、チェレスタに加えて、バスオーボエやテノールテューバのように常設ではない楽器が指定されています。舞台に乗る人数そのものが多く、主催する側から見ると会場選びの段階で制約が生まれます。
そのなかでも特殊なのが、最後の海王星に加わる女声合唱です。合唱は舞台上ではなく舞台裏で歌い、終結では扉を静かに閉じながら音を遠ざけていきます。スコアに書かれているのは音符だけでなく、この「消え方」そのものです。
これを実際に鳴らすとなると、音響の設計問題になります。合唱を置く部屋が客席から遠すぎれば声の輪郭が失われ、近すぎれば舞台の延長に聞こえてしまい神秘性が出ません。壁や扉は高い成分から先に減らすので、距離だけでなく開口部の大きさも効いてきます。私は主催する側でホールの下見をするとき、こうした「舞台の外をどう使うか」を必ず確認します。
さらに厄介なのは、舞台裏の合唱から指揮者が見えないことです。副指揮者を立てる、モニターを置くといった段取りが必要になり、リハーサルでは実際にその位置で歌ってバランスを取り直します。客席に届く最後の数十秒は、こうした裏側の設計の結果なのです。音の消え方が印象を決めるという点では、ムソルグスキー「展覧会の絵」の終曲とはちょうど対照的な作りになっています。
よくある質問
Q. どの曲から聴くのがおすすめですか
A. 火星と木星が入りやすい二曲です。火星で曲全体の推進力をつかみ、木星で対照的な明るさを味わうと、あいだの曲の役割も見えてきます。時間がとれるときは、そのまま海王星まで通して聴いてみてください。
Q. 冥王星はいまも惑星ではないのですか
A. 2006年に準惑星へ再分類されて以降、惑星には数えられていません。組曲「惑星」が七曲であることと、現在の分類が結果的に一致している形です。
Q. 曲順は太陽からの距離の順ではないのですか
A. 違います。火星は地球より外側ですが、金星と水星は内側にあります。距離ではなく性格の対比で並べられており、標題音楽としての設計が優先されています。標題を持つ曲の聴き方はヴィヴァルディ「四季」の記事でも触れています。
まとめ
「惑星」に冥王星が無いのは、作曲当時まだ発見されていなかったからです。地球が無いのは、この曲が占星術上の性格を描いたもので、天文学の解説ではないからです。理由が別々だと分かると、七曲の並びも距離の順ではなく性格の対比だと腑に落ちます。
そして最後の海王星は、舞台裏の合唱が遠ざかって終わります。次に聴くときは、音が消えきったあとの数秒まで含めて、この曲の終わりだと思って待ってみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
