「ヴィオラは、ヴァイオリンが弾けなかった人がやる楽器」。楽器をやっていると、どこかで一度はこの手の冗談を耳にします。見た目がよく似ていて、座る位置も近く、しかも独奏で前に出る機会はそれほど多くありません。
でも、舞台の上で隣り合って音を出す側から見ると、この見方はずいぶん惜しいものです。ヴィオラはヴァイオリンの下位互換ではありません。読む記号も、受け持つ音も、求められる耳も別物の楽器です。
ヴァイオリンとヴィオラ:まず1分だけ
ヴィオラは、ヴァイオリンと同じ4本の弦を持つ擦弦楽器です。ただし調弦はヴァイオリンより完全5度低く、低い方から C・G・D・A の順に張られています。ヴァイオリンの調弦が G・D・A・E ですから、下に弦が1本増えて、上の1本が消えたような関係だと考えると分かりやすいでしょう。低い側へ音域がずれたぶん、音色の重心も下がります。
そしてもう1つ、見過ごされやすい違いがあります。楽譜に使う音部記号が、そもそも違うのです。
並べて見ると、別の楽器だと分かります
ヴァイオリン | ヴィオラ | |
|---|---|---|
大きさ | いわゆる4分の4サイズが標準として定まっている | 標準寸法が一本化されておらず、奏者の体格や好みで選ぶ |
調弦 | G・D・A・E | C・G・D・A(完全5度低い) |
音部記号 | ト音記号 | アルト記号(高い音域ではト音記号も併用) |
音色の性格 | よく通る輝きがあり、旋律が客席に届きやすい | くすんだ落ち着き。人の声の中音域に近い手ざわり |
オーケストラでの役割 | 主旋律を担うことが多い。第1と第2に分かれる | 内声を担う。和音の中身と推進力を受け持つ |
この表でいちばん重要なのは、下の2行です。大きさや調弦の違いは入口にすぎません。役割が違うからこそ、楽器の性格も読む記号も違う形に落ち着いた、という順番で見ていくと腑に落ちます。
アルト記号は、専門性そのものです
アルト記号は、五線の真ん中の線が中央のドになる書き方です。ト音記号やヘ音記号に慣れた目には、同じ位置の音符がまったく別の音に見えます。ピアノや歌で音楽を始めた人がヴィオラの譜面を初めて開くと、しばらくは一音ずつ数え直すことになります。
ヴィオラ奏者は、この記号を母語のように読みます。そのうえで高い音域に入ればト音記号に切り替わり、曲によっては1ページの中で行き来します。つまりヴィオラ奏者は、日常的に複数の音部記号を並行して扱っているわけです。これは「簡単だから回ってくる仕事」の反対側にあります。
ついでに言えば、アルト記号を読めることは室内楽で効いてきます。弦楽四重奏のスコアを開けば、上2段がト音記号、3段目がアルト記号、4段目がヘ音記号で並びます。この3つを行き来しながら全体を把握できる人は、アンサンブルの中で重宝されます。
大きさに正解がない、という面白さ
ヴァイオリンには、いわゆるフルサイズという共通の目安があります。ところがヴィオラには、それに相当する一本化された規格が定着していません。同じヴィオラでも胴体の長さには幅があり、奏者は自分の腕の長さや手の大きさ、求める音色に合わせて選びます。
理由は物理にあります。ヴィオラの調弦はヴァイオリンより完全5度低いので、音響的に理想を言えば、胴体もそれに見合うだけ大きくしたいところです。けれども人間の腕は長くなりません。理想の寸法と、構えて弾ける寸法の折り合いをどこで付けるか。その答えが一つに決まらなかった結果として、いまの幅がある、という見方がよくされます。
この一点だけでも、ヴィオラは受け身の楽器ではないと分かります。楽器選びの段階から、奏者本人の身体と音の好みが入り込むのです。
内声とは、和音の中身のことです
オーケストラの弦楽セクションは、大づかみに言えば上から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと積み上がります。いちばん上の旋律といちばん下の低音は、聴いていて輪郭がはっきりします。その間に挟まれた声部が内声で、ヴィオラはその中心にいます。
内声は、和音が明るいのか暗いのか、緊張しているのか解決したのかを決める音を持っていることが多い場所です。主旋律が同じでも、内声が半音動くだけで曲の表情は変わります。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの役割の違いを知ると見通しがよくなりますが、ヴィオラはその第2ヴァイオリンよりさらに内側で、和音の芯を支えています。
刻みのリズムを延々と受け持つのもヴィオラの仕事です。派手ではありません。ただ、そこが乱れると音楽全体の推進力が消えます。
一段深く:聞こえにくいのは、音響的に当たり前です
ここで、音響を学んだ側の話をします。内声が聞き取りにくいのは、奏者の音が小さいからでも、書かれ方が地味だからでもありません。マスキングという現象が効いているからです。ある音が鳴っているとき、それに近い高さの、より弱い音は聞こえにくくなります。内声はまさに、上の旋律と下の低音に挟まれた高さで鳴っています。
しかも人の耳は、いちばん高い声部を旋律として拾いやすい傾向があります。何も意識しなければ、注意は自然と上へ吸い寄せられます。だから内声は、聴こうと決めた人にだけ聞こえてくる層になります。逆に言えば、ここは意識するだけで世界が変わる、いちばん費用対効果の高い聴き方です。
演奏する側の実感を1つ添えます。私はテューバという低音楽器を吹きますが、リハーサルで指揮者から「そこは内声を聴いて」と言われる場面は珍しくありません。自分のパートだけを正確に鳴らしても、音楽は揃わないからです。オーケストラの楽器配置がホールの中で音をどう混ぜるかを決めているのと同じで、内声は全体の響きの質を静かに左右しています。
次に演奏会へ行くときは、1曲のうち数分でいいので、旋律から意識をずらしてみてください。舞台の中央付近、ヴィオラの弓の動きを目で追いながら聴くと、耳が内側の層をつかまえやすくなります。
よくある質問
Q. ヴァイオリン奏者がヴィオラを弾くことはありますか
A. あります。持ち替える奏者もいますし、室内楽で必要に応じて受け持つこともあります。ただし構えの重さも弓の使い方も変わり、何よりアルト記号を読み慣れる必要があるため、片手間で足りる話ではありません。専任の奏者はそのぶんヴィオラの音色に特化した訓練を積んでいます。
Q. ヴィオラに独奏曲は少ないのですか
A. ヴァイオリンと比べれば数は限られますが、協奏曲やソナタは書かれていますし、近現代に入ってからの作品も増えました。むしろヴィオラの持ち味が出るのはアンサンブルの中だという見方もあり、室内楽の分野には見せ場の多い作品が数多くあります。
まとめ
ヴィオラは、ヴァイオリンの簡易版ではありません。アルト記号を母語として読み、規格の定まらない楽器から自分に合う一本を選び、和音の中身である内声を支えます。求められているものが最初から違います。内声が聞き取りにくいのは音響的に当たり前のことですから、聞こえないのは耳が悪いせいではありません。次の演奏会では、旋律から少しだけ意識をずらしてみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
