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コラム楽器のひみつ

ヴァイオリンの弓はなぜ馬の毛なのか|松脂がないと弦が鳴らない理由

ヴァイオリンの弓はなぜ馬の毛なのか|松脂がないと弦が鳴らない理由

ヴァイオリンの弓の毛は、馬のしっぽの毛です。ヴァイオリンの弓には150本から200本ほどが張られています。ただし、弦を鳴らしているのは毛そのものではありません。毛に塗った松脂(まつやに)が摩擦を作り、弦を“引っかけては放す”動きを、1秒間に何百回もくり返しているのです。

弓の毛が馬の毛だと知って、意外に感じたことはありませんか。ナイロンのほうが丈夫そうですし、実際に安価な弓には合成の毛もあります。それでも主流が馬の毛であり続けているのには、音の出る仕組みが関わっています。

私はテューバ奏者で、弦楽器を弾く立場ではありません。ここでは音響を学んだ側から、弓と弦のあいだで起きていることを見ていきます。

弓の毛と松脂:まず1分だけ

弓の毛は、一般に馬のしっぽの毛です。ヴァイオリンの弓にはそのうち150本から200本ほどが使われ、より大きな弦楽器の弓では、幅の広いリボン状に、もっと多くの毛が張られます。コントラバスの弓には、黒い毛が使われることがあります。

毛には、松脂を塗ります。松脂は、松などの針葉樹から取れる樹脂で、弓の毛に塗って摩擦を増やすために使われます。弓の棒には、歴史的にはブラジル産のペルナンブコという木が使われてきましたが、今は絶滅が心配される木で、カーボンファイバーなどの代替材も使われています。

弓で弦を鳴らすとき、何が起きているのか

弓を弦に当てて動かすと、弦は“くっついては滑る”動きをくり返します。この動きはヘルムホルツ運動と呼ばれ、弦は2本の直線が折れ目でつながった形になり、その折れ目が弦の両端のあいだを行き来します。折れ目の進む速さはとても速く、ヴァイオリンのA線で秒速290メートルほどです。そのため、肉眼では直線が見えず、弦が放物線状に曲がっているようにしか見えません。

段階

弦と弓の毛の関係

1. くっつく

折れ目が弓より指板側にあるあいだ、弦は弓の毛にくっついて、弓と同じ向きに引かれる。1周期の大半はこの状態

2. 折れ目が通る

弦の折れ目が、弓の下を駒に向かって通る

3. 滑る

弦は弓の毛の上を、はるかに速く逆向きに滑って戻る。1周期の残りの短い時間

4. 再びくっつく

折れ目が戻ってきたところで、弓が弦をもう一度つかまえる

この4段階が、鳴らしている音の高さと同じ回数だけくり返されます。たとえば基準を440Hzとして、A線の開放弦の音なら、1秒間に440回です。弓は左右に動いているだけなのに、弦は1秒に何百回も、くっついては滑っているのです。

松脂は、摩擦を“ちょうどよく変える”役目をしている

では、摩擦を作っているのは毛そのものでしょうか。毛の表面には、うろこ状の細かい構造がありますが、その高さは0.5マイクロメートル(2,000分の1ミリ)より小さいと測られています。弦の太さに比べると、摩擦にはほとんど寄与しません。松脂を塗らない毛で弾いてみれば、すぐに分かることだと、弦楽器の音響を研究するクヌート・グエットラーは書いています。

松脂を塗った毛では、松脂が部分的にとけて、うろこをすっかり覆います。その表面を弦が滑り、粒になったガラス状の松脂が、ときどき弦の動きの邪魔をします。松脂は常温のすぐ上でやわらかくなるので、弦が滑って温度が上がると、そこだけ摩擦が小さくなります。

この“滑りやすくなる速さ”が、音色を決めます。滑りの始まりで摩擦が急に下がるほど、弦の折れ目が鋭くなり、音は明るく鋭くなります。折れ目の形は、音の成分の並び方、つまり音色に直結しています。

馬の毛が向いているのは、毛の構造ではなく成分のため、という研究

それでは、なぜ馬の毛なのでしょうか。うろこが松脂を引っかけているから、という説明を耳にすることがありますが、グエットラーが紹介しているロカボワの研究は、別のことを言っています。馬の毛が松脂を保持するのに向いているのは、構造ではなく、その成分の性質のためだというのです。

毛を作っているケラチンは、大きな分子でできたたんぱく質です。そうした大きな分子は、まわりの物質を引きつけて、しっかり保持する力を持っているとされます。松脂をしっかり保持できてこそ、弦を鳴らせるわけです。合成の毛を探すときにも、構造ではなく、松脂を保持する性質が大切だと考えられます。

一段深く:弓の音に混ざる“サー”という音の正体

弓の音には、かすかな“サー”という雑音が混ざっています。弦が毛の上を滑るとき、松脂の粒が弦の動きの邪魔をして、速度がごくわずかに、不規則に揺れるからです。この雑音は、楽器の出す音のエネルギーのおよそ1%ほどにあたるとされています。

雑音は、どの音を弾いても、ほとんど同じ周波数の広がりを持ちます。だから、楽器の持つ木と空気の共鳴が、強く現れます。弓を駒から遠い位置に置くほど、雑音になる滑りの時間は長くなります。指板の上でフルートのように弾く奏法では、雑音の割合がいちばん大きくなり、管楽器に少し似た音になります。

楽器ごとの松脂の違いも、同じ理由から説明できます。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスは、弦の動きにくさ(波動インピーダンス)がおよそ1対1.6対4対10の比になります。同じ松脂を使うと、コントラバスの弓には、ヴァイオリンの10倍ほどの力が必要になります。そこで、チェロやコントラバス用の松脂は、より低い温度でとけて、粘りが強く作られるのが普通です。

楽器そのものの違いは、弦楽器の音域一覧、ヴァイオリンはなぜオーケストラで一番多いのか、ヴィオラは何をしている楽器なのかで整理しています。

よくある質問

Q. 白い毛と黒い毛で、音は変わりますか

A. 弦楽器の奏者のあいだでは、白い毛のほうが“なめらかな”音になると広く信じられていますが、証明されてはいません。黒い毛は、主にコントラバスの弓に使われ、白い毛より粗いとされます。

Q. 松脂は、夏と冬で変えるものですか

A. かつては、夏には溶ける温度の高い硬めの松脂が好まれたことがあります。空調の整った部屋やホールが増えて、季節ごとに変える必要は、かなり小さくなったとされています。

Q. 合成の毛の弓はありますか

A. あります。安価な弓にはナイロンなどの合成の毛を使ったものがあります。

まとめ

馬の毛は、その成分が松脂をしっかり保持するのに向いているとされ、弦を鳴らす摩擦は松脂が作っています。弦は弓にくっついては滑り、音の高さと同じ回数だけ、それをくり返しています。次に弦楽器の音を聴くときは、きれいな音の奥にある、かすかな“サー”という音にも、耳を向けてみてください。

この記事を書いた人

小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。

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