「弦楽器は大きいほど低い音が出る」——おおまかには、そのとおりです。ヴァイオリンが高く、コントラバスが低いという順番も間違っていません。ただ、では実際にどこからどこまで出るのかと聞かれると、急に答えにくくなりませんか。
数字を並べてみると、この4種類は思っているほどきれいには並んでいません。最低音は楽器ごとにきっちり決まっているのに、上限のほうは楽器では決まっていないのです。弦楽器の音域表がどこか歯切れ悪く見えるのは、この非対称のせいです。
弦楽器の音域:まず1分だけ
オーケストラの弦楽器は、ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスの4種類です。どれも基本は4本の弦を張り、左手の指で弦を押さえて振動する長さを変え、音の高さを作ります。指をどこにも置かない状態を開放弦と呼び、いちばん低い弦の開放弦が、その楽器の最低音になります。つまり最低音を決めているのは調弦であって、奏者の腕ではありません。
4つの弦楽器、どこからどこまで出るのか
実音、つまり実際に鳴る高さで並べた一覧です。C4を真ん中のドとして読んでください。人数は標準的な二管編成での目安で、曲の規模や楽団の方針によってかなり上下します。
楽器 | 最低音 | おおよその上限 | 調弦(開放弦・低い順) | 人数の目安 |
|---|---|---|---|---|
ヴァイオリン | G3 | E7付近まで書かれることがある | G3・D4・A4・E5(完全5度ずつ) | 第1と第2を合わせて24〜30人前後 |
ヴィオラ | C3 | E6付近 | C3・G3・D4・A4(完全5度ずつ) | 10〜12人 |
チェロ | C2 | C6付近(独奏ではさらに上) | C2・G2・D3・A3(完全5度ずつ) | 8〜10人 |
コントラバス | E1(5弦・低音延長機構つきはC1) | G4付近 | E1・A1・D2・G2(完全4度ずつ) | 6〜8人 |
この表で見てほしいのは、左右の列で性格がまるで違うところです。最低音の列は調弦そのものなので動かしようがなく、どの奏者が弾いても同じ高さです。いっぽう上限の列は、楽器の構造ではなく奏者と曲が決めています。同じ非対称は金管にもあり、金管楽器の音域一覧では倍音列の側から書きました。
最低音はきっちり決まり、上限は決まらない
ヴァイオリンの最低音はG3、ヴィオラはC3、チェロはC2です。ヴィオラとチェロは調弦の並びが同じで、鳴る高さがちょうど1オクターブ違うという関係になっています。ヴァイオリンとヴィオラのあいだも完全5度で、この3つは同じ5度調弦の家族としてきれいに並びます。その並びから外れているのが、コントラバスです。
上が奏者に委ねられるのは、高い音の作り方が「左手をどこまで先へ進めるか」でしかないからです。弦を押さえる手の位置をポジションと呼び、駒に近づくほど振動する部分が短くなって高い音が出ます。ただし駒に近づくほど隣り合う音の間隔は狭くなり、わずかな指のずれが音程のずれとして表に出ます。上限を押し上げているのは楽器ではなく、この狭い幅を正確に取れるかどうかです。
いっぽう上限には、そもそも打ち止めがありません。弦を押さえる位置を指板の先へずらしていけば理屈のうえではいくらでも高い音が取れますし、弦に軽く触れて倍音だけを鳴らすハーモニクスを使えば、さらに上が出ます。表に書いた上限は、オーケストラの楽譜に書かれることが多い範囲というだけの目安です。実際にどこまで使うかは、曲の書かれ方と奏者の技量で変わります。
コントラバスだけ、書かれた音と鳴る音が違う
コントラバスは4度で調弦します。低いほうからE1・A1・D2・G2で、他の3種類の5度調弦とは組み立てが違います。理由は単純で、弦が長いため、5度ずつ離すと左手の指が届きにくくなるからです。
さらにコントラバスの楽譜は、実際に鳴る高さより1オクターブ高く書かれます。低すぎる音をそのまま記譜すると加線だらけになって読みにくくなるためで、譜面上はチェロと近い見た目になります。5本目の弦を足した5弦楽器や、いちばん低い弦をさらに下へ延長する機構を備えた楽器もあり、これらはC1付近まで下がります。オーケストラの中でどの楽器が土台を受け持つかは座る位置にも表れていて、オーケストラの楽器配置はなぜあの並び?では音響設計の側から書きました。
一段深く:高さを決めているのは弦の長さだけではありません
弦が出す音の高さは、弦の長さ・重さ・張力の3つで決まります。長いほど低く、重いほど低く、強く張るほど高くなる関係です。ヴァイオリンとコントラバスの最低音は2オクターブ以上離れていますが、弦の長さの比はそこまで極端ではありません。差を埋めているのが、弦の太さと巻き線の重さです。
音響設計を学んだ側から見ると、ここに弦楽器の設計の妙があります。低い音を長さだけで稼ごうとすると、楽器は人が抱えられない大きさになります。だから低音楽器ほど弦を重くし、張力とのつり合いで高さを下げているわけです。ただし重い弦は動き出しが鈍く、音の立ち上がりが遅れます。コントラバスの音が少し遅れて届くように感じられるのは、奏者の癖ではなく、この事情も効いています。
弾く側の実感で言えば、最低音のあたりは「出る」と「使える」が一致しません。開放弦のE1はたしかに鳴りますが、輪郭がぼやけて、合奏の中では高さとして聞き取られにくくなります。だから作曲家は、低音に輪郭を出したいときにチェロとコントラバスを1オクターブ重ねて書きます。表の数字を見るときは、その端が実用の中心ではないと思っておくと、実際の響きとずれません。
よくある質問
Q. ヴィオラとチェロは調弦が同じなのに、なぜ音がこんなに違うのですか
A. 鳴る高さがちょうど1オクターブ違うことに加えて、胴の大きさと弦の太さが違うためです。胴が大きいほど低い帯域がよく響き、同じ高さの音を弾いても音色の重心が下がります。調弦の並びが同じでも、聞こえ方は別の楽器になります。
Q. 表の上限より高い音が出てくる曲もありますか
A. あります。独奏曲や近現代の作品では、目安より上の音やハーモニクスが珍しくありません。上限は楽器の限界ではなく、よく使われる範囲の目安として読んでください。
まとめ
弦楽器の音域は、下と上で決まり方がまったく違います。最低音は調弦で固定されていて、ヴァイオリンのG3からコントラバスのE1までが受け持ち。いっぽう上限は楽器ではなく奏者と曲が決めており、表の数字はあくまで目安です。次に演奏を聴くときは、その楽器が持ち場のどのあたりを使っているのかに、少し耳を向けてみてください。弦の人数がなぜあの配分なのかは、ヴァイオリンはなぜオーケストラで一番多いのかでも扱っています。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
