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コラム楽器のひみつ

オーケストラのチューニングはなぜオーボエから始まるのか

オーケストラのチューニングはなぜオーボエから始まるのか

「オーケストラのチューニングがオーボエから始まるのは、オーボエがいちばん偉い楽器だからです」。そんな説明を聞いたことはありませんか。開演前、コンサートマスターが立ち上がって合図を送り、オーボエが一音だけをまっすぐ伸ばす、あの場面のことです。

吹く側にいる私から見ると、あの順番はもっと散文的な理由で決まっています。オーボエが先に鳴るのは、その音が安定していて大編成の中でも埋もれにくく、しかも構造上あとからピッチを大きく動かしにくいからです。楽器の格ではなく、全員で合わせる手間をいちばん小さくできる位置にいる、という話なのです。

まず1分だけ:チューニングは「基準を配る」作業です

チューニングとは、全員の楽器の音の高さをそろえる作業です。基準に使われるのはA(イ音)で、その周波数は楽団によって440Hzから443Hz程度の幅があります。数値が違っても演奏に支障は出ませんが、団体ごとに「このあたりで鳴らす」という了解が共有されています。

大切なのは、誰かひとりが正しい高さを持っていて、それを全員が受け取るという構図です。基準を出す係と、それに寄せる側。この役割分担が決まっていないと、合わせる作業そのものが終わりません。

一般的なチューニングの進み方

楽団や国によって流儀は異なりますが、一般的には次の順で進みます。

  1. コンサートマスターが登場し、客席の拍手が収まるのを待ちます
  2. コンサートマスターがオーボエ奏者に合図を送ります
  3. オーボエがAを伸ばし、まず木管楽器がそれに合わせます
  4. あらためてAが出され、金管楽器が合わせます
  5. もう一度Aが出され、最後に弦楽器が合わせます
  6. コンサートマスターが着席し、指揮者を迎えます

管楽器を先に、弦楽器をあとに置くのが一般的な形です。ただしこれも絶対の決まりではありません。全員がいちどに合わせる楽団もあれば、弦と管を分けずに一回で済ませる場合もあります。海外のオーケストラでは、そもそも舞台上でチューニングをせずに袖で済ませてしまう例も見かけます。

なぜオーボエなのか:音の性質と、直しにくさ

理由はひとつではありませんが、実務の側からいちばん納得がいくのは次の二点です。

ひとつめは、音が通ることです。オーボエの音には倍音が豊かに含まれていて、輪郭がはっきりしています。数十人が同時に音を出す中でも、あの音は埋もれません。基準音は「全員に届かなければ意味がない音」ですから、これは決定的な資質です。金管楽器の音域一覧で見比べるとわかるように、音量だけなら金管のほうが大きく出ますが、基準に求められるのは大きさではなく届き方のほうです。

ふたつめは、あとから直しにくいことです。フルートは頭部管を抜き差しできますし、金管楽器には抜差管があり、弦楽器には糸巻きとアジャスターがあります。つまり多くの楽器は、その場で音の高さをそれなりに動かせます。ところがオーボエは管が細く、リードを差し込む部分で動かせる幅が他の管楽器に比べて小さいのです。

動かしにくい楽器を基準に据えて、動かしやすい楽器がそちらへ寄る形をとります。この形が全体としていちばん早く収束します。「オーボエが偉いから」ではなく、「オーボエに合わせたほうが全員が楽だから」という順序です。

なお、歴史的な経緯を理由に挙げる説明もあります。オーボエが古くからオーケストラに常設されていたからだ、というものです。こうした由来については諸説があり、ひとつに断定できるものではありません。ただ、現在も続いている実務上の理由としては、先の二点でおおむね説明がつきます。

ピアノが入ると、基準の出どころが変わります

例外もあります。ピアノ協奏曲のように調律済みのピアノが入る曲では、ピアノに合わせることがあります。ピアノは本番中に音の高さを変えられない楽器だからです。

この場合、ピアノのAを聞いてからオーボエが同じ音を出し、そこへ全員が寄せていく形をとることが多いです。基準を配る係はオーボエのままで、基準そのものの出どころだけがピアノに移る、と考えるとわかりやすくなります。楽器の配置も独奏者を前に出す形に変わりますが、この点はオーケストラの楽器配置の考え方と地続きです。

一段深く:チューニングは一回では終わりません

ここからが、演奏する側の実感です。開演前に合わせたはずの音は、演奏が進むうちに必ずずれていきます。しかも、ずれる方向が楽器によって逆なのです。

管楽器は、息を通して管の中の空気が暖まると音の高さが上がります。冷えた状態で吹き始めた金管や木管は、数分で目に見えて上ずってきます。一方で弦楽器は、弦や楽器本体が温度と湿度の影響を受け、張力がゆるむ方向に動くと音が下がります。つまり同じ舞台の上で、片方は上がり、片方は下がるのです。

だから休憩をはさんだ後半の頭で、もういちどチューニングをします。曲と曲のあいだに管楽器奏者が抜差管を静かに動かしているのも、この微調整です。私自身、冷えた舞台で最初の一音を吹くときは、あとで必ず上がってくることを織り込んで構えています。

音響の側から見ると、もうひとつ動く要素があります。客席が埋まると、ホールの温度は上がり、響きの長さも変わります。リハーサルは空席の状態で行いますから、本番の舞台は「さっきまでとは違う部屋」になっているわけです。

リハーサルで作り上げたバランスをその場で微修正していく作業は、実はチューニングの延長線上にあります。基準を一回配って終わり、ではありません。人数の多い弦楽器ほど、この微修正は隣どうしの耳で少しずつ進んでいきます。

よくある質問

Q. 440Hzと442Hzでは、聴いてわかるものですか

A. 二つを並べて比べればわずかな違いとして聴き取れますが、演奏を聴いている最中に言い当てるのは難しいところです。高めの基準を選ぶ楽団は、そのほうが響きに張りが出ると考えていることが多いようです。

Q. 吹奏楽でもオーボエが基準を出すのですか

A. 吹奏楽では変ロ音(B♭)で合わせることが多く、基準音を出す楽器も団体によって違います。編成が違えば合わせ方も変わる、と考えてください。

Q. チューニングが長引くことはありますか

A. 舞台が極端に冷えていたり、楽器を舞台袖で温める時間がとれなかったりすると、収まるまでに少し時間がかかります。演奏者としては短く済ませたい場面ですが、ここを急ぐと最初の和音で苦労します。

まとめ

オーボエが先に鳴るのは、その音が埋もれずに全員へ届き、かつ後から大きく動かしにくいからです。動かしにくい楽器を基準に置き、動かしやすい楽器のほうが寄せていく形です。この順序は、楽器の格付けではなく合わせ方の設計です。

そして温度が変われば音も動くので、チューニングは一度で終わりません。次にコンサートへ行くときは、開演前のあの一音だけでなく、休憩明けにもういちど鳴るAにも耳を向けてみてください。舞台の上で何が起きているかが、少し見えてきます。

この記事を書いた人

小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。

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