合唱も重唱も、高さの違う複数のパート(声部)を同時に歌う形です。どちらもソプラノやテノールといった声の役割を分け、和音を作りながら歌います。
それでも、呼び名ははっきり分かれます。違いの核心は、1つのパートを何人で歌うかにあります。1人ずつなら重唱、複数人で歌えば合唱です。
合唱と重唱の違い:まず1分だけ
重唱は、2人以上の歌い手が、それぞれ1人ずつ別のパートを歌う形です。2人なら二重唱で、デュエットとも呼ばれます。伴奏が付くことも、付かないこともあります。
合唱は、2つ以上のパートを、それぞれ複数の歌い手で歌う形です。全員が同じ旋律を歌う場合は斉唱と呼ばれ、どちらとも区別されます。日常の言葉では大勢で一緒に歌うことを広く合唱と呼びますが、本来はパートが分かれていることが前提です。
並べて見ると、違いは1パートの人数です
比べる点 | 重唱 | 合唱 |
|---|---|---|
1つのパートの人数 | 1人 | 複数 |
パートの数 | 2つ以上(二重唱、三重唱、四重唱など) | 2つ以上(混声四部が標準的) |
1つの音の聞こえ方 | 1人の声がそのままパートの音 | 複数の声が重なった、わずかに幅のある音 |
主な場面 | オペラの重唱など | 合唱団、オペラの合唱、宗教曲 |
ソプラノ・アルト・テノール・バスの4つに分ける混声四部の形は、和声の考え方が固まっているぶん、合唱でもっとも標準的な編成です。5つ以上のパートに分ける合唱は、大人数か高い技術が要るので、ずっと少なくなります。4つのパートの分け方と、オペラの声種との違いは四部合唱の記事で書きました。
違いが生まれる理由:1つの音が“幅”を持つかどうか
同じパートを何人かで歌うと、全員がまったく同じ高さで歌うことはできません。スペインのポンペウ・ファブラ大学の研究グループは、合唱の各パートの歌い手を1人ずつ録音した資料を分析し、同じ音を歌う歌い手どうしのずれが、平均で20〜30セント程度だったと報告しています。半音が100セントなので、その4分の1前後の幅です。
同じ研究は、合唱の音響を研究してきたテルンストレームの指摘として、独唱の音は高さ・大きさ・音色がはっきり定まっているのに対し、同じ旋律を何人かで歌う音は、それらが“分布”として存在する、と紹介しています。合唱の1つのパートは、1本の線ではなく、少し太さを持った帯として聞こえているわけです。
重唱には、この帯がありません。1人の声の高さ・音色が、そのままパートの音になります。
二つの歌い方の時代:合唱だと思っていた曲が重唱だったかもしれない
西洋の合唱音楽は、中世のオルガヌムから始まり、少しずつ複雑な多声の音楽へと育っていきました。重唱は、とくにオペラの中で物語を運ぶ形として磨かれます。
年 | 場所 | できごと |
|---|---|---|
12世紀 | ヨーロッパ | オルガヌムから発展した複雑な多声の音楽が、一つの頂点を迎える |
1851年 | ヴェネツィア | ヴェルディ「リゴレット」初演。第3幕に4人が別々の感情を同時に歌う四重唱がある |
1980年代初め | — | アメリカの研究者リフキンが、バッハの合唱曲は1パート1人で歌われたと唱え、その形で録音する |
リフキンの説は、バッハの合唱曲の多くは、各パートを1人で歌っていたというものです。発表した当時は研究者の間で強い反発を受けましたが、21世紀に入って影響を広げ、それでも学界の合意には至っていません。今日私たちが“合唱曲”として聴いているバッハが、当時は重唱の響きだったかもしれない、という問いが、演奏の現場でいまも生きています。
どんな場面で聴けるのか
重唱がいちばん生きるのはオペラです。物語のある作品では、ふつうの会話がそのまま重唱に仕立てられ、筋の大事な場面を受け持つことが多くあります。「リゴレット」の四重唱では、公爵がスパラフチーレの妹マッダレーナを口説き、マッダレーナはそれを笑ってかわし、外からのぞくジルダはすすり泣き、父リゴレットは復讐を誓います。
原作の戯曲を書いたユーゴーは、4人の感情が同時に聞こえ、しかもはっきり聞き分けられることに驚いたと伝えられます。日本語版ウィキペディアは、ユーゴーが「4人に同時に台詞を言わせて意味を観客に理解させるのは、芝居では不可能だ」という趣旨を述べたと紹介しています。せりふ劇にはできない“同時に話す”場面を作れることが、重唱の強みです。
合唱は、合唱団の演奏会や宗教曲のほか、オペラの中でも大勢の人物として登場します。歌劇場の合唱団は職業の団体で、演奏会や教会の合唱にはない、動きや衣装を伴う演技も求められます。
一段深く:重唱では、1人の音程がそのままパートの音程になる
演奏会を作る側から見ると、合唱と重唱の差は、音程の“逃げ場”の有無として表れます。合唱では、歌い手どうしの小さなずれが重なり、聴き手には1つの平均的な高さとして届きます。先の研究も、1つのパートが歌う高さを、歌い手たちの平均として扱っています。
重唱では、その平均が働きません。1人の歌い手の高さが、そのままパートの高さとして客席に届きます。1パート1人という点では、器楽の室内楽と同じ条件です。室内楽が指揮者なしで1パート1人で成り立つ仕組みは、室内楽の記事で書きました。合唱でも、1つのパートが一時的に少人数に分かれるディヴィジという書き方があり、人数が減るほど重唱の条件に近づきます(ここは私の整理です)。
よくある質問
Q. 二重唱とデュエットは同じ意味ですか
A. 同じ意味で使われます。二重唱も、楽器2つの二重奏も、どちらもデュエットと呼ばれます。
Q. 少人数の合唱団は、重唱と呼ぶのですか
A. 人数ではなく、1つのパートを何人で歌うかで決まります。各パートが1人ずつなら重唱、2人以上なら合唱です。声の種類そのものの分け方は、声種の決め方を書いた記事にまとめています。
まとめ
合唱と重唱は、どちらも複数のパートで歌う形ですが、1つのパートを1人で歌うか、複数人で歌うかで呼び名が分かれます。人数の差は、音が少し幅を持った帯として聞こえるか、1人の声がそのまま届くかという、響きの差にもつながっています。次にオペラを聴くときは、大勢の合唱と、数人の重唱が入れ替わる場面に耳を向けてみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
