「ソプラノより高い声って、あるのかな」と検索したことはありませんか。ソプラノは女声のいちばん高い声域だと教わるのに、実際の舞台では、それよりもさらに鋭く、高く響く声に出会うことがあります。あの声の正体は何なのか、私も客席やロビーで何度も聞かれてきた質問です。
結論から言うと、答えは一つではありません。ソプラノという言葉の中にもいくつもの“上限”があり、さらにソプラノとは別の軸で、女声の音域を歌う男性の声種もあります。声を「高さ」という一本の物差しだけで並べようとすると、この二つの答えのどちらも見落としてしまいます。
ソプラノとは? まず1分だけ
クラシックの声は、まず音域で大きく整理されます。女声はソプラノとアルト(実務ではメゾソプラノを含む中間の声も使われます)、男声はテノール・バリトン・バスに分かれる、というのがいちばん基本的な区分です。この中でソプラノは、女声のいちばん高い音域を受け持つ声とされ、オペラのヒロインの多くがソプラノで書かれています。
ここまでは、たいていの解説に書いてあるとおり。ただ実際の舞台に立つと、この整理だけでは説明のつかない声に、たびたび出会います。
ソプラノの中にも、いくつもの“上限”がある
同じソプラノという括りでも、声の重さや得意な動きによって、いくつかの型に分かれます。代表的なのがスーブレット・リリコ・ドラマティコ・コロラトゥーラの4つです。
スーブレットは軽く若々しい声で、機敏に動くことを得意とします。リリコは温かみのある伸びやかな声で、旋律をなめらかに歌う役どころの中心です。ドラマティコはもっとも力強く、オーケストラの厚い響きの中でも通る声量を持ちます。そしてコロラトゥーラは、細かい音符を素早く正確に動かす技巧に特化した声で、高音域の“上限”をいちばん押し上げているのも、この型です。
つまり「ソプラノより高い声はあるのか」という問いへの答えの一つ目は、ソプラノ自体の中に高さの違いがある、ということです。同じソプラノでも、ドラマティコが力強く出し切る音域と、コロラトゥーラが装飾的に駆け上がる音域は、同じ“上限”ではありません。
声種 | おおよその音域 | 声質の特徴 | 代表的な役 |
|---|---|---|---|
スーブレット・ソプラノ | ソプラノの中では標準的な範囲。個体差はあります | 軽く機敏。若々しい印象 | 「フィガロの結婚」のスザンナ |
リリコ・ソプラノ | スーブレットとほぼ同じ範囲が目安 | 温かく伸びやか。旋律を歌う役の中心 | 「ラ・ボエーム」のミミ |
ドラマティコ・ソプラノ | 同程度の範囲を、力強く出し切ります | 力強く、オーケストラの厚みを越えてくる | 「トゥーランドット」の同名の役 |
コロラトゥーラ・ソプラノ | ソプラノの中で最も高い領域まで伸びるとされます | 高音域を素早く正確に動かす技巧派 | 「魔笛」の夜の女王 |
カウンターテナー | 一般にはメゾソプラノ〜アルトに近い範囲。一部はソプラノに迫ります | 裏声(ファルセット)を主体に鍛えた男声 | ヘンデルのオペラの男性役、ブリテン「真夏の夜の夢」のオベロン |
声種にまつわる用語をもう少しやさしく整理したい方は、クラシック音楽の用語をやさしく解説もあわせてどうぞ。
もう一つの答え:カウンターテナーという声種
「ソプラノより高い声」を検索する人が、実際には出会っているかもしれないのが、こちらのケースです。カウンターテナーは、成人男性が裏声(ファルセット)を鍛え上げて、女声の音域で歌う声種です。地声ではテノールやバリトンの音域を持つ男性が、あえて裏声を主体に音域を伸ばしている、というのがいちばん簡単な説明です。
多くのカウンターテナーが歌うのは、メゾソプラノやアルトに近い音域です。ただし中には、ソプラノの音域まで裏声を伸ばせる歌手もいて、こうした歌手は「ソプラニスト」と呼ばれることがあります。つまりカウンターテナーは、単に「ソプラノより高い」声種ではなく、女声の声域を、性別の違う声帯とファルセットの技術で歌っているという、まったく別の軸の声種なのです。
この声種が今の演奏会でよく聞かれるのは、17〜18世紀のオペラ、なかでもヘンデルの作品に、もともと去勢歌手(カストラート)のために書かれた役が多く残っているためです。現代ではカストラートを育成することはなく、その音域をカウンターテナーが引き継いで歌っています。20世紀にはブリテンが「真夏の夜の夢」のオベロン役をカウンターテナーのために書くなど、この声種のための新しい役も生まれました。声種全体の整理はオペラの声種とはでもう少し詳しく書いていますので、あわせて読んでみてください。
一つの舞台に、いくつもの声種が同居している
声種の違いは、一つのオペラの中でも役割分担としてはっきり見えます。たとえばビゼー「カルメン」では、主人公のカルメンはメゾソプラノで書かれ、彼女に想いを寄せるミカエラはソプラノで書かれています。同じ舞台の上で、声域も声質もまったく違う二人が向き合うからこそ、性格の対比がくっきり浮かび上がります。ソプラノという一つの言葉だけでは、この対比は説明できません。
一段深く:声種は音域の“一列”ではない
ここまで見てきたことをデザインの視点で捉え直すと、声種は音域という一本の物差しの上に並んでいるのではなく、音域・声質・技巧・役どころという複数の軸が組み合わさった設計だということが見えてきます。ソプラノの中の4つの型も、カウンターテナーという声種も、「高さ」だけを基準にすると見落としてしまう違いです。
伴奏を作る側から見ると、この違いはとても実務的です。私はテューバとしてオーケストラの一番低い声部に座りますが、同じ「ソプラノの独唱」を支えるときでも、コロラトゥーラの軽く高い声には、オーケストラの音量をできるだけ間引いて、声が上を通り抜けられるように空間を空けます。反対にドラマティコの力強い声には、オーケストラも厚みを保ったまま重ねます。声種によって、伴奏の厚みと音域の空け方をまるごと変えているのです。同じ「ソプラノ」という言葉の中に、これほど違う設計があります。
よくある質問
Q. いちばん音域が高いのはコロラトゥーラ・ソプラノですか?
A. 一般にそう言われます。細かい音符を素早く正確に動かす技巧に特化した型で、ソプラノの中でも高音域をもっとも押し上げているとされます。ただし歌手一人ひとりの声域には差があり、型が同じでも出せる高さは異なります。
Q. カウンターテナーはソプラノより高い声なのですか?
A. 多くのカウンターテナーは、メゾソプラノからアルトに近い音域を歌います。ソプラノより高いというより、女声の音域を男声で歌っているのが本質です。ただしソプラノの音域まで裏声を伸ばせる歌手もいて、その場合はソプラノの高い役を歌うこともあります。
まとめ
「ソプラノより高い声はあるのか」という問いに、一つの答えで応えることはできません。ソプラノ自体がスーブレット・リリコ・ドラマティコ・コロラトゥーラという型に分かれ、その中で“上限”が違います。そしてソプラノとは別の軸で、女声の音域を男声で歌うカウンターテナーという声種があります。
全部を音域の高さだけで比べようとしなくていいのです。まずは、次に聞く声が、どの型の“らしさ”を持っているかに耳を澄ませてみてください。それだけで、同じ「ソプラノ」という言葉が、ずっと立体的に聞こえてくるはずです。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
