ソプラノとメゾソプラノ、テノールとバリトン。高い声か低い声か。声種は音域さえ聞けば決まると、そう思っていませんか。実際、コンサートのプログラムで「メゾソプラノ」という表記を初めて見た方の多くは、「要するに、ちょっと低めのソプラノでしょう」と受け取ります。
私はテューバ奏者として、オーケストラの一員でオペラやオラトリオの舞台に立つことがあります。袖から声楽の方々の稽古を聴いていて気づくのは、音域だけでは声種を言い当てられないという事実です。
声種とは:まず1分だけ
声種とは、歌い手の声を音域や声の性質でいくつかのタイプに分類したものです。代表的なところでは、女声はソプラノ・メゾソプラノ・アルト(コントラルト)、男声はテノール・バリトン・バスに大きく分かれます。合唱でパートを割り振るときも、オペラで配役を決めるときも、この分類が基準になります。
クラシックの用語をもう少し広く押さえておきたい方はクラシック音楽の用語をやさしく解説もあわせてどうぞ。ここまでは辞書に書いてあるとおり。問題は「何を根拠に、その分類が決まるのか」です。
声種が決まるまでに、実際は何を見ているのか
声楽の先生や指揮者が歌い手の声種を見立てるとき、いきなり「あなたはソプラノです」と決めているわけではありません。私が舞台袖で見てきた限り、判断は段階を踏んで進みます。
ステップ1:音域を聞く(最初の、ただし粗いふるい分け)
まず出発点になるのは音域です。おおよそどこからどこまで無理なく声が出るか。ここで女声か男声か、そのなかでも高めか低めかという大まかな見当がつきます。
ただしこれはあくまで最初の選別にすぎません。音域は訓練や体調でも動きますし、隣り合う声種の音域はかなりの部分で重なっています。「この高さまで出る」というだけでは、まだ声種は決まらないのです。
ステップ2:声質を聞く(音色と、倍音の乗り方)
次に耳を向けるのは、声そのものの色合いです。同じ高さの音でも、明るく軽やかに響く声もあれば、厚みがあって重心の低い声もあります。この違いを生んでいるのが、声帯の振動に乗ってくる倍音の乗り方です。高い帯域の倍音が豊かに乗る声は輝かしく聞こえ、低い帯域が厚い声は重く暗く聞こえる——おおよそそう理解しておくとつかみやすいと思います。同じ音域を歌えても、この音色が軽ければソプラノ寄り、重ければメゾソプラノ寄りと見立てられることがあります。
ステップ3:換声点(パッサージョ)の位置を確かめる
そして実務上、最も決め手になりやすいのが換声点(パッサージョ)と呼ばれる場所です。声は低い音域から高い音域へ上がる途中で、発声のしくみがひとつ切り替わります。その切り替わりが起きる高さを換声点と呼びます。この位置が高いところにある人と低いところにある人がいて、同じ最高音まで届くとしても、切り替わりがどの高さで起きるかで声種の見立ては変わってきます。切り替わりが高いところで起きる声はソプラノ寄り、低いところで早めに切り替わる声はメゾソプラノやアルト寄りに分類されやすい、というのが現場の見立て方です。
①音域②声質③換声点の位置——この3つを重ねて、ようやく声種が決まります。だからこそ、同じ高さの音を出せる2人でも、声種が違うということが実際に起こるのです。
一段深く:“出せる音”と“楽に鳴る音”は違う
ここで、演奏する側として私が実感していることをお話しします。オーケストラの中で声楽の方々と共演していて気づくのは、「その音が出せるかどうか」と「その音が楽に鳴る場所にあるかどうか」は、まったく別の問題だということです。
ある音を、声を張り上げてぎりぎり届かせている状態と、その音の少し手前に自分の換声点があり、そこから自然に伸びていって鳴っている状態とでは、同じ楽譜の同じ音でも、フレーズの説得力がまるで違って聞こえます。指揮者や共演者が「ここは任せられる」と感じるのは、たいてい後者のほうです。声域表の上では同じ音を出せる2人でも、実際に舞台で書ける音楽・任せられるフレーズは違ってくる——これは、音域という一次元の物差しだけでは見えてこない差だと私は捉えています。
オペラの配役(キャスティング)で声種が重視されるのも、同じ理由からだと思います。ビゼーの「カルメン」の主役はメゾソプラノに書かれた役として知られていますが、これも単に「低めの声だから」という理由ではなく、その役が求める音域全体を通して声が楽に鳴り続けられるかどうかまで含めて選ばれているはずです(ビゼー「カルメン」徹底解説)。声種を「音域の呼び名」ではなく「その人の声が最も自然に、長く鳴り続けられる設計図」として捉え直すと、なぜオペラの配役があれほど声種にこだわるのか、腑に落ちてきます。
よくある質問
Q. 声種は一度決まったら、ずっと変わらないものですか?
A. いいえ、変わることがあります。訓練を重ねたり年齢を重ねたりする中で声質や換声点の位置が変化し、それまでとは違う声種として見立て直されることは実際にあります。声種は生まれつき固定された値というより、その時点の声の状態を映す見立てだと考えていただくのが近いと思います。
Q. 音域さえ届けば、誰でもその声種のパートを歌えますか?
A. 音域が届くことと、その声種として鳴らせることは別の話です。届いてはいるけれど声質や換声点が合わず無理をして出している音と、その人にとって自然に鳴る音とでは、聞こえ方も持続力も違ってきます。合唱でパート分けに迷ったときも、音域だけでなく声の楽な鳴り方を基準にすると、うまくいきやすいはずです。
まとめ
声種は、音域だけで決まるものではありません。①音域②声質(音色・倍音の乗り方)③換声点(パッサージョ)の位置。この3つを重ねて、ようやく見えてくるものです。次にコンサートのプログラムで「メゾソプラノ」「バリトン」といった表記を目にしたら、それを単なる高さのラベルとしてではなく、「この人の声が最も自然に鳴る設計図」として眺めてみてください。オペラでの声種の使われ方をもっと知りたい方はオペラの声種とはもあわせてどうぞ。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
