マウスピースを奥まで挿すと音程が上がり、浅くすると下がると言われます。合奏の前に、抜差管ではなくマウスピースの挿し込みでピッチを微調整している人を何度も見てきました。本当に動くのか、動くとしてどのくらいなのか。架空のB♭テューバのモデルで計算しました。
結論
この記事で計算したのは、マウスピースの挿し込み深さを基準から±4mm変えたときの音程のズレと、「音のツボの深さ」の変化です。
よくある疑問 | 判定 | ひとこと |
|---|---|---|
深く挿すと音程が上がる | 本当 | 向きは通説どおりですが、量は1mmあたり平均0.36セント。±4mm振ってもいちばん動く音で2.7セントにとどまり、気づける目安の5セントには届きません |
挿し込み深さは音程を動かす独自の要素だ | 条件つき | 変化の多くは“挿したぶん管が短くなった”当たり前の成分です。ただしその取り分は何を基準に置くかで決まる量で、一意には決まりません。全長の比から出る一律成分を基準にすると平均87%・最も動くモード4で46%、同じ長さをバルブ区間(内径の一定な区間)で詰めた対照を基準にすると平均83%・モード4で58%です。どこで詰めるかを替えれば割合はさらに動きます |
挿し込み深さで鳴り・抵抗感が変わる | 今回は確かめられず | ツボの深さは、何も合わせ直さない場合と抜差管で合わせ直した場合を通じて最大0.20dBしか動きませんが、これはモデルに抵抗感を変える仕組みが無いためです |
検証したこと
計算機の中に置いたのは、下の形のB♭テューバです。実物の4/4サイズを想定して組んだ架空の基準モデルで、このシリーズの記事はすべて同じ楽器を使っています。

- 管の全長:まっすぐ伸ばすと約5.6m
- ボア(バルブ区間の内径):19mm。実物の4/4サイズと同じ寸法です
- ベル径:400mm。実機の4/4(概ね420〜480mm)よりやや小さめです
- 基準:A4=442Hz、管の中は25℃
このモデルでは、マウスピースのバックボア出口(直径13mm)とマウスパイプの入口のあいだに、レシーバーの内径を想定した内径15.6mmの円筒が挟まっています。この円筒の長さが「ギャップ」です。マウスピースのシャンクはほぼ一定の勾配なので、挿し込みを1mm深くすればギャップも1mm縮むとみなしました。
- 振った量:挿し込み深さを基準から −4.0/−2.0/−1.0/0(基準)/+1.0/+2.0/+3.9mm の7段階(正が深く挿す側)
- 基準のギャップ:4.0mm。したがって+3.9mmはギャップ0.10mm(ほぼ突き当たり)、−4.0mmはギャップ8.00mmになります
- 固定したもの:レシーバーの内径15.6mm、バックボア出口の直径13mm、マウスピースから先の形はすべて共通モデルと同じ
- 見た音域:モード2〜16(管の長さを変えずに唇で出し分ける音の、下から2番目から16番目。約59〜474Hz)。他の多くの回はモード2〜8までで、この回は高い側まで広げています
- 出した系列:何も合わせ直さない場合、抜差管(バルブ区間)で平均の音程を基準に戻した場合、同じ合わせ直しを枝管側で行った対照の3つ
深く挿すと、2つのことが同時に起きます
ひとつは、管が挿し込んだぶんだけ短くなることです(基準で5.5771mの全長が、ほぼ突き当たりまで深く挿すと5.5732mになります)。これは楽器全体のピッチを持ち上げる、当たり前の成分です。もうひとつは、ギャップが同じだけ縮んで、マウスピースのすぐ奥にある2つの段差のあいだの長さ(=その部分の容積)が変わることです。段差そのものの大きさは、挿し込み深さを変えても動きません。眼目は、動いた量のうちどちらがどれだけを占めるかにあります。
検証結果
何も合わせ直さずに挿し込み深さだけを変えたときの音程のズレは、次のとおりです。平均はモード2〜16の平均で、いちばん大きく動いたのはどの段階でもモード4でした。
挿し込み [mm] | ギャップ [mm] | 平均のズレ | モード4のズレ |
|---|---|---|---|
−4.0(4mm浅い) | 8.00 | −1.43c | −2.69c |
−2.0 | 6.00 | −0.72c | −1.35c |
−1.0 | 5.00 | −0.36c | −0.67c |
0(基準) | 4.00 | 0.00c | 0.00c |
+1.0 | 3.00 | +0.36c | +0.67c |
+2.0 | 2.00 | +0.72c | +1.34c |
+3.9(ほぼ突き当たり) | 0.10 | +1.40c | +2.62c |

向きは7段階すべてで通説どおりで、応答は挿し込み量にほぼ比例しました。1mmあたりにならすと平均0.36セント、いちばん動くモード4で0.67セントです。
この2.7セントと、ギャップの回の5.3セントは、同じ1本の計算です
このシリーズでは以前、同じモデルでマウスピースのギャップをほぼ0mm(0.1mm)から8mmまで広げる計算をしました。その回でいちばん大きく動いたのが、ギャップ8mmでのモード4の5.3セントです。違うのは基準の置き場所と、見た音域の広さです。あちらはギャップほぼ0mmから端まで1本の数字で見ており、こちらはギャップ4mmを真ん中に置いて両側へ振っています。
音域の広さが効くのは平均の値だけなので、モード4どうしの一致はそのまま成り立ちます。今回の両端、浅い側の2.692セントと深い側の2.619セントを足すと5.311セントになり、あちらの5.311セントと小数第3位まで一致します。2つの記事は別々の発見をしているのではなく、同じ1本の計算を違う基準点から眺めているだけです。
ただし、あちらは「5セントをわずかに超えました」と書き、この記事は「5セントには届きません」と書いています。基準をどこに置くかを替えるだけで、同じ1本の計算でも気づける目安をまたぐかどうかが反対向きになります。閾値をまたぐかどうかは、現象そのものより基準の置き方で決まる場面があるということです。
“当たり前の成分”は、どう引くかで答えが変わります
管が短くなったぶんだけで音程がどれだけ上がるかは、一意には決まりません。出し方が2通りあり、どちらも同じくらい正当だからです。ひとつは全長の比から直接計算する理想値で、どのモードでも同じ1.24セントになります。もうひとつは、ギャップを4.0mmに固定したまま、内径の一定なバルブ区間を同じ長さだけ詰める、条件を変えた対照です。こちらはモードごとに値が違い、モード4では理想値よりはっきり大きく出ます。
モード2〜16の平均で見ると、理想値を基準にすれば変化の87%、対照を基準にすれば83%が管長だけで説明できます(理想値と実測平均の差は7段階を通じて最大0.19セントでした)。ところが同じ引き算をいちばん動くモード4でやると、理想値基準で46%、対照基準で58%と、半分をまたいで割れます。“半分以下”になるかどうかも、基準の置き方しだいです。
しかも、対照の側にも自由度が残っています。同じ長さを、バルブ区間ではなく枝管やベルへ向かう区間で詰めたとみなせば、モード4の取り分はさらに大きく動きます。“管が短くなっただけ”の取り分は、何を基準に置くかで決まる量で、一意には決まりません。どこで詰めるかを替えれば割合はさらに動くので、この数字は挿し込みの性質ではなく基準の決め方の性質です。

モード4が理想値より大きく動くこと自体は、ギャップに固有の性質とは言えません。ギャップと関係のない、抜差管を動かすだけの計算でも、いちばん大きく動くのはモード4でした。
抜差管で平均の音程を基準に戻す場合、必要な移動量は最大2.41mmでした。それでもモードごとの音程には最大1.24セントの開きが残ります(先ほどの理想値と数字が近いのは偶然で、別の量です)。この開きは、ギャップが変わることで生まれるモードごとのばらつき(1.65セント幅)と、抜差そのものが生むばらつき(0.98セント幅)が、モードごとに部分的に打ち消し合った差です。この2つのどちらか片方のせいだとは言えません。
楽器の形は同じで、抜差をどの区間で行うとみなすかという想定だけを、内径の一定な区間からテーパーのかかった区間に替えると、この開きは1.24セントから1.78セントへ1.4倍動きます。残りの開きも、取り分と同じく基準の決め方に左右されるということです。
疑問と照らし合わせる
「深く挿すと音程が上がる」→ 本当。ただし1mmで0.36セント
±4mmまで振ってようやくモード4が2.7セントで、気づける目安の5セントの半分強です。抜差管の代わりにマウスピースでピッチを作るには、動く幅が足りません。
「挿し込みは音程を動かす独自の要素だ」→ 条件つき
管長だけでは説明できないぶんは、平均で見れば全体の2割に届きません(理想値を基準にすると13%、対照を基準にすると17%)。ただしこれはあくまで平均の話で、モード4では理想値基準で54%、対照基準で42%と半分をまたいで割れます。“ほとんど管長のせい”と言い切れるのは、平均を見ているあいだだけです。そのうえ割合そのものが基準の決め方で動くので、「何%が挿し込み固有か」という問いに一意な答えはありません。
「挿し込み深さで鳴りが変わる」→ 今回は確かめられず
ツボの深さは、何も合わせ直さない場合と抜差管で合わせ直した場合を通じて、最大0.20dBしか動きませんでした。気づける目安の1dBには遠く届きません。ただしこれを「鳴りは変わらないと分かった」と読むのは誤りです。このモデルで挿し込みが変えるのはギャップの円筒の長さだけで、段差の面積比は挿し込み深さによらず一定のままです。抵抗感を変える仕組みがモデルに入っていない以上、0.20dBという数字は効果の不在ではなく、機構の不在の言い換えです。
用語のはなし
セントは音程の細かさを表す単位です。半音を100等分したものが1セントで、人が音程の違いに気づけるのは条件にもよりますが5セントあたりからと言われています。
マウスピースを差し込む金具をレシーバーと呼びます。ギャップはその内径とマウスピースの外径、そして挿し込み深さの兼ね合いで生まれます。
ツボの深さは、この記事で使っている言い方です。音響の言葉では入力インピーダンスのピークの高さと言い、マウスピース側から見てその周波数で楽器の中の空気がどれだけ強く押し返してくるかを表します。外へ出ていく音の大きさそのものではありません。
この記事について
この記事は、数値シミュレーションによる検証です。基準のギャップを4.0mmとしたのは、以前の回で検証した0〜8mmの範囲の真ん中を取っただけの仮定で、実機の公差を測った値ではありません。“±4mm”という振り幅も、その仮定から出てきた範囲です。太さの変わり目で空気が受ける付加的な重さ(端補正)は計算に入れていません。これを入れたときにここまでの数字がどう動くかは、この計算では確かめていません。
挿し込みを1mm深くすればギャップも1mm縮むという対応も、幾何学的な仮定であって実測で確かめたものではありません。一般的な1対20のテーパーなら、4mmの軸方向の移動は直径にして0.2mmの嵌合差にあたります。これは奏者が押し込んで作れる量というより個体差に近く、4mm浅い側ではテーパーが座らず、漏れや傾きを伴う可能性があります。深く挿した側で実機のシャンクがマウスパイプに食い込んで断面の形が変わることも、扱っていません。
見た音域がモード2〜16で、モード2〜8で見た回より広い点にもご注意ください。高い側を入れるほど、合わせ直したあとに残る開きは大きく出ます。管長だけで説明できる割合も平均する音域で動き、他の回と同じモード2〜8で平均すると、理想値基準で79%・対照基準で73%まで下がります(この割合自体が基準の決め方で動く量であることは、上の節に書いたとおりです)。他の回の数値と並べるときは、範囲が違うことを踏まえてお読みください。
「この説も計算してみてほしい」というものがあれば、ぜひテューバ奏者の自習室の投稿フォームから教えてください。お名前も連絡先も要りません。順番に検証して、結果が出たものから記事にします。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
