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コラムテューバ奏者の自習室

湿度で音程は変わるのか、部屋と息は別の話

湿度で音程は変わるのか、部屋と息は別の話

梅雨の時期になると、“今日は湿気ているからピッチが高い”という話を楽屋で聞きます。息を入れると音程が上がるのも、息が湿っているからだと説明されることがあります。湿度なのか、それとも別の何かなのか。計算で確かめました。

結論

測ったのは、管の中の空気の中身を変えたときに共鳴の山の位置(モード2〜8の共鳴周波数)が何セント動くかです。湿度は“部屋の空気”と“吹き込んだ息”の2つに分けて振りました。

よくある疑問

判定

ひとこと

部屋の湿度が変わると音程が変わる

条件つき

向きは合っているが、25℃の部屋で現実的な振れ幅(湿度30→70%)なら3.5セントで、気づける目安の5セントに届かない。20→80%まで広げても5.2セントで、目安を0.2セント超えるだけ。ただし室温が約30℃の部屋なら、同じ振れ幅で4.7/7.1セントに増える

息が湿っているから吹くと音程が上がる

違った

上げているのは温度。湿気の効きは同じ息に含まれる二酸化炭素と逆向きで、35℃では正味−1.7セントしか残らない(同じ入れ替えを25℃で行うと−8.5セント)

湿度は音によって効き方が違う

違った

湿度を0%から100%まで振っても、モードごとの差は最大0.12セント。全部の音をほぼ一律に押し上げる

検証したこと

計算機の中に置いたのは、下の形のB♭テューバです。実物の4/4サイズを想定して組んだ架空の基準モデルで、このシリーズの記事はすべて同じ楽器を使っています。

計算に使ったB♭テューバの断面図。マウスピース・リードパイプ・バルブ区間・枝管・ベルの位置と、全長約5.6m、ボア19mm、ベル径400mmを示している
  • 管の全長:まっすぐ伸ばすと約5.6m
  • ボア(バルブ区間の内径):19mm。実物の4/4サイズと同じ寸法です
  • ベル径:400mm。実機の4/4(概ね420〜480mm)よりやや小さめです
  • 基準:A4=442Hz、管の中は25℃

この楽器の管の中の空気を、2通りに入れ替えました。

  • 振った量①(部屋の空気):相対湿度を0 / 20 / 40 / 60 / 80 / 100%の6段階。二酸化炭素は大気と同じ0.04%のまま
  • 振った量②(吹き込んだ息):乾いた室内の空気(25℃・湿度0%・大気の二酸化炭素)から、息(35℃・湿度100%・二酸化炭素4%)へ
  • 部屋の湿度を振るときの温度は2つ:室温25℃と、もう少し暖かい室温約30℃(30.31℃。別の回で使った吹奏中の温度分布の長さ平均に合わせた値を、ここでは部屋の空気の温度としてそのまま使っています)。どちらも部屋の空気そのものの温度で、吹奏中に管の中が温まった状態ではありません
  • 固定したもの:楽器の形と全長、A4=442Hz
  • 見た音域:モード2〜8。数値はその平均です

“部屋の湿度”と“息の湿気”は別の話です

通説はこの2つをひとまとめに語りますが、中身は違います。部屋の湿度は吹き始める前から管の中にある空気の話で、吹き込んだ息のほうは体温に近くてほぼ飽和していて、しかも二酸化炭素を数%含んでいます。

水の分子(分子量およそ18)は空気の平均(およそ29)より軽いので、水蒸気が増えると音速は上がり、音程は上がる向きに働きます(水蒸気は音速を下げる向きの変化も同時に起こしますが、打ち消すのは軽さの効果の16%ほどです)。一方、息に含まれる二酸化炭素は音速を下げる向きに効きます。ひとつの息の中で、逆を向いた2つの効果が同時に起きています。

検証結果

まず部屋の湿度だけを振った場合を、室内で実際に起こりうる振れ幅で見ます。

湿度の振り幅

室温25℃

室温が約30℃の部屋

30→70%

+3.5セント

+4.7セント

20→80%

+5.2セント

+7.1セント

湿度を0%から100%まで振り切ると、室温25℃で+8.7セント、室温が約30℃の部屋で+11.8セントになります。ただし室内で0%や100%は起こりません。

右の列は部屋そのものが約30℃ある日の話で、吹いて管の中が温まった場合ではありません。湿度で音程が動く量は、空気が実際に含んでいる水蒸気の量でほぼ決まります。部屋の空気が管の中で温まっても水の量そのものは増えないので、ここは動きません(25℃・湿度70%の空気は、30℃まで温まると湿度51%になるだけで、含んでいる水は同じです)。温かい部屋のほうが大きく動くのは、同じ相対湿度でも空気がより多くの水蒸気を抱えているためです。

次に、乾いた部屋の空気を息に置き換えた場合です。

変えたもの

音程のズレ

温度だけ(25℃→35℃・乾いたまま)

+28.1セント

湿気と二酸化炭素の正味(35℃で中身だけ入れ替え)

−1.7セント

合計(乾いた部屋の空気→息)

+26.4セント

部屋の湿度と吹き込んだ息を左右に分けた棒グラフ。左は部屋の湿度を30→70%・20→80%振ったときの音程のズレで、室温25℃で3.5・5.2セント、室温約30℃で4.7・7.1セント。右は乾いた部屋の空気を息に置き換えたときのズレで、温度だけが28.1セント、湿気と二酸化炭素の正味が−1.7セント、合計が26.4セント

この3つは、どの順番で切り替えても変わらない数字です。逆に「湿度の取り分は何セント」という言い方はできません。温度と湿度と二酸化炭素を1つずつ切り替える順番を変えると、湿度の取り分は+8.7〜+16.1セント、温度の取り分も+27.9〜+34.9セントの間で動きます(どちらも約7セントの幅です)。温度と湿度が互いの効き方を変えるためで、取り分の配分は物理では決まりません。上の3つはどれも直接計算した量で、分解を通していません。

疑問と照らし合わせる

「部屋の湿度で音程が変わる」→ 条件つき。向きは合っていますが、現実の振れ幅では目安ぎりぎりです

湿度が上がると音程が上がる、という向きは計算でも支持されました。ただし大きさは通説の印象より小さく、乾いた冬の部屋と蒸した夏の部屋の差くらい(25℃で30→70%)では3.5セントで、気づける目安の5セントに届きません。20→80%まで広げてようやく5.2セントですが、これは目安を0.2セント(4%)超えただけで、線のほぼ真上です。「気づける」とも「気づけない」とも言い切れないので、判定は条件つきに留めました。なお部屋そのものが約30℃まで温まる日なら、同じ振れ幅で4.7セント / 7.1セントに増えます。

「息が湿っているから上がる」→ 違った。上げているのは温度です

乾いた部屋の空気と吹き込んだ息とでは、平均26.4セント違いました。半音の4分の1ほどで、確実に気づける大きさです。ところが内訳を見ると、乾いたまま25℃から35℃へ温めるだけで+28.1セント動きます。35℃のまま中身だけを湿った息に入れ替えた効果は、合わせて−1.7セントしか残りません。息が湿っていること自体は、ほとんど効いていませんでした。

「湿度は音によって効き方が違う」→ 違った。全部の音をほぼ同じだけ押します

湿度を0%から100%まで振っても、モードごとのズレの差は最大0.12セントでした。気づける目安の40分の1以下です。湿度は特定の音を狂わせる犯人ではなく、楽器全体のピッチをまとめて押し上げるつまみとして働きます。

用語のはなし

セントは音程の細かさを表す単位です。半音を100等分したものが1セント、1オクターブは1200セント。人が音程の違いに気づけるのは、条件にもよりますが5セントあたりからと言われています。

相対湿度は、その温度の空気が抱えられる水蒸気の量に対して、いま何%入っているかを表します。同じ60%でも温かい空気のほうが実際に含む水蒸気は多く、上の表で温かい部屋のほうが大きく動くのはこのためです。

モードは、管が共鳴する周波数の山で、同じ運指のまま唇で選び分けられる音の段に対応します。

この記事について

この記事は数値シミュレーションによる検証で、実際の楽器や実際の息を測ったものではありません。息の温度35℃と二酸化炭素4%はいずれも置いた仮定で、息の温度が32〜37℃の範囲で違うと合計は15.7〜33.7セントまで動きます。二酸化炭素の効き方も濃度に強く依存し、3.6%あたりで湿気との正味の符号が入れ替わります(3〜5%の範囲で+2.6〜−5.9セント)。

また音速の計算に使った式(Cramer 1993)は、原論文が保証する範囲(0〜30℃・二酸化炭素は1%以下)の外側で使っています。息の35℃・二酸化炭素4%も、約30℃の部屋も、その範囲の外です。この記事の数値はその外挿なので、0.1セント刻みの細かさを額面どおりに受け取らないでください。

26.4セントは、管の中の空気が全部そっくり息に置き換わった場合の上限です。1回の呼気で管全体が入れ替わることはないので、実際にはここから下がります。ただしどこまで下がるかはこの計算では扱っていません。息が管のどこまで届き、息と部屋の空気の境目がどれだけはっきりしているかは空気の流れと混ざり方の問題で、気柱の共鳴だけを解くこの計算の外にあるからです。

なお、下がり幅を体積から見積もることもできません。音程を決めているのは空気の体積ではないので、「ベル側に体積が集中しているから息は効かない」とは言えないのです。

また管の中の空気は場所によらず一様と置いています(温度の分布と湿度を同時には計算できないためです)。平均については温度の分布を入れた計算と0.4セントしか違いませんが、モードごとの差(約3セント)は消えています。

「この説も計算してみてほしい」というものがあれば、ぜひテューバ奏者の自習室の投稿フォームから教えてください。お名前も連絡先も要りません。順番に検証して、結果が出たものから記事にします。

この記事を書いた人

小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。

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