曲と曲のあいだの静かな時間に、金管奏者が楽器をそっと傾けて、足元に水を落とすことがあります。演奏会に通っていれば、一度は目にする場面です。「あれは唾を捨てているのだろう」と思っていた方は、少なくないのではないでしょうか。
金管楽器の中にたまる水の主な正体は、唾ではありません。吐いた息に含まれる水分が、管の中で冷やされて水滴になったもの、つまり結露です。テューバ奏者として毎回その水を抜いている私にとって、水は身近な存在ですが、量は管が長い楽器ほど増える仕組みです。
金管の水:まず1分だけ
水が管の中にできる流れは、順に追うと次のとおりです。
- 息は体の中で水分を含み、水蒸気をたっぷり抱えた状態で楽器に入ります。
- 管は金属で、室温と同じくらいの温度なので、体から出てきた息よりずっと冷たい状態です。
- 温かく湿った息が冷たい金属に触れると、空気が抱えきれなくなった水蒸気が水滴に変わります。
- 水滴は管の内側を伝い、曲がりの底など低い場所に集まります。
- ためたままにせず、水抜きのレバー(ウォーターキー)を押して外へ出します。
英語ではこのレバーを「スピットバルブ」とも呼びますが、その名前は誤解を招く呼び名だと説明されています。出てくる液体は唾液だけではなく、息の水分が結露したものが含まれるからです。唾液がまったく混ざらないとは言い切れませんが、水の量を説明できるのは結露のほうです。
管が長いほど、水の量は増える
結露の量は、楽器の内側の表面積に比例して増えるとされています。冷やされる壁が広いほど、水滴ができる場所が増えるからです。金管の中でも管の長さは大きく違うので、水の量にも差が出ます。
楽器 | 管の長さ(まっすぐ伸ばした値) | 水のたまり方 |
|---|---|---|
B♭トランペット | 約1.48m | 管が短く、水の量は比較的少ない |
B♭管の大型テューバ(BB♭) | 約5.5m(18フィート) | 管が長く太いので、水の量は多くなる |
長さだけを比べても、テューバはトランペットの約3.7倍です。管の太さも違うので、内側の表面積で比べると差はさらに開きます。テューバでは、主管の抜差管に水抜きが付くのが標準で、機種によってはバルブの抜差管にも付きます。
楽器ごとの管の長さと音域の関係は、金管楽器の音域一覧で整理しています。管が長い楽器ほど低い音を受け持ち、水の量も増えやすくなります。テューバという楽器そのものについては、テューバはどんな楽器かの記事で扱っています。
一段深く:冷えるのは管の壁だけではない
水ができるのは、冷たい壁に触れる場面だけではありません。唇のすきまを抜けて、息が圧力の高い口の中から圧力の低い管の中へ流れ込むとき、空気は膨らみながら冷えます。この変化も、結露を促す要因のひとつとされています。
水が管の底にたまったまま吹くと、息の通り道が狭まり、音が濁ったり途切れたりすることがあります。だから本番の合間に、無理のない休符のタイミングで抜いておくのが、奏者の大事な段取りになります。音を出す仕事の裏に、水を出す仕事がもうひとつあるわけです。
息の湿り気が音程に与える影響は、テューバ奏者の自習室の湿度で音程は変わるのかという回で計算しています。そこでは、吹き込む息は体温に近く、ほぼ水蒸気で飽和していると仮定して置いています。
よくある質問
Q. 水を抜かないままだとどうなりますか
A. 管の底にたまった水が息の流れをさまたげて、音が出にくくなったり、にごったりします。演奏の合間に水を抜くのは、見た目の問題ではなく、音を保つための手入れです。
Q. 木管楽器にも水はたまりますか
A. 息を管に通す楽器であれば、結露は起こります。水抜きのレバーが付くのは主に金管ですが、息の水分が管の中で冷えるしくみ自体は、木管でも同じです。
まとめ
金管奏者が曲の合間に捨てている水は、主に息の水分が管の中で冷えてできた結露です。管が長い楽器ほど水の量は増えます。次の演奏会で、奏者がレバーを押す場面を見かけたら、あの水は息のかたちが変わったものだと思い出してみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
