チェンバロとピアノは、どちらも鍵盤を押して弦を鳴らす楽器です。白鍵と黒鍵の並びは同じで、バロックの曲はどちらでも演奏されます。
それでも、鍵盤の奥で弦に起きていることは違います。違いの核心は、弦を爪ではじくか、ハンマーで叩くかという発音の仕組みにあり、その差が“強弱を指で変えられるかどうか”を分けています。
チェンバロとピアノの違い:まず1分だけ
チェンバロは、鍵を押すとジャックと呼ばれる部品が持ち上がり、そこに付いた小さな爪(プレクトラム)が弦をはじいて鳴ります。爪は昔は鳥の羽の軸で作られ、いまは樹脂製のものも多く使われます。英語ではハープシコード、フランス語ではクラヴサンと呼ばれる楽器です。
ピアノは、鍵を押すとフェルトで覆われた木のハンマーが弦を打ちます。ハンマーは弦を打つとすぐに離れ、弦は自由に振動を続けます。強く押せば強く打ち、音も大きくなります。
音を止める仕組みは、2つともよく似ています。チェンバロでは鍵が戻るとジャックの上のフェルトの止音装置(ダンパー)が弦の振動を止め、ピアノでも鍵を離すとダンパーが弦に戻って音が消えます。鳴らし方は違っても、“鍵を離せば止まる”という約束は同じです。
並べて見ると、違いは強弱の付け方に出ます
比べる点 | チェンバロ | ピアノ |
|---|---|---|
発音の仕組み | 爪で弦をはじく | ハンマーで弦を打つ |
指のタッチと音量 | 押す強さで音量はほとんど変わらない | 強く押すほど大きくなる |
音量・音色の変え方 | レジスター(弦の組)を切り替える。鍵盤が2段のものも | タッチとペダル |
鍵盤の数 | 時代や地域で違う | 現代の標準は88鍵(A0〜C8) |
主な時代 | バロック期が中心 | 18世紀後半から現在 |
チェンバロで音量を変えるには、指の力ではなく、鳴らす弦の組を足したり減らしたりします。1オクターブ高く鳴る「4フィート」の弦を加えるといった切り替えで(フィートはオルガンから借りた言い方です)、音量と音色を段階的に変える仕組みです。ピアノを打楽器と弦楽器のどちらに分けるかという話は、ピアノの分類が割れる理由を書いた記事で扱っています。
違いが生まれる理由:はじく瞬間を、指が決められない
チェンバロの爪は、弦をある所まで押し上げて、そこで弦を離します。仕組みから考えると、どれだけ速く鍵を押しても爪が弦を離す位置はほぼ同じなので、弦に与える振れ幅も大きくは変わりません(ここは私の整理です)。英語版ウィキペディアは、チェンバロでは鍵をどれだけ強く押しても音は同じ大きさで鳴る、と書いています。
ピアノのハンマーは、鍵を押す速さに応じた勢いで弦に当たります。英語版のピアノの項は、強く押すほどハンマーが弦を強く打ち、音が大きくなると説明しています。ピアノという名前そのものが、この性質から来ています。発明者クリストフォリの楽器は、1700年のメディチ家の目録で、弱い音と強い音を出せる新しい発明の楽器として記録されました。
はじく仕組みでは“どこで離すか”が楽器側で決まり、叩く仕組みでは“どれだけの勢いで当てるか”を指が決めます。強弱の自由の差は、ここから生まれています。
二つの楽器が入れ替わった時代:18世紀の主役交代
ピアノは、チェンバロ作りの技術から生まれました。クリストフォリ自身が、トスカーナ大公子に仕えたチェンバロ製作者でした。
年 | 場所 | できごと |
|---|---|---|
1700年 | トスカーナ | メディチ家の目録に、強弱を出せるクリストフォリの新しい楽器が記される |
1741年 | ドイツ | バッハの「ゴルトベルク変奏曲」が、2段鍵盤のチェンバロのための曲として出版される |
18世紀後半 | ヨーロッパ | 強弱の表現に優れたピアノが、チェンバロの位置をほぼ奪う |
20世紀初頭 | ヨーロッパ | 奏者ランドフスカの求めでプレイエル社が新しいチェンバロを作り、復興が進む |
「ゴルトベルク変奏曲」の第8変奏では、両手が鍵盤の同じあたりで上下に重なって交差します。2段鍵盤のチェンバロなら上下の鍵盤に手を分けて比較的楽に弾けますが、鍵盤が1段のピアノではかなり難しくなります。同じ楽譜でも、楽器が変われば演奏の課題が変わる例です。
どんな場面で弾かれるのか
チェンバロは、バロック時代の合奏で通奏低音を受け持つ標準の楽器でした。いまも、バロックの曲を当時の楽器で演奏する場では、通奏低音の楽器として使われます。19世紀にはほとんど弾かれなくなりましたが、20世紀に入って再び演奏会の楽器として戻ってきました。
ピアノは、独奏、室内楽、協奏曲から歌の伴奏まで、場面を選ばずに弾かれています。足元の3本のペダルが何をしているかは、ピアノのペダルの記事にまとめています。同じピアノの中でも、弦と響板を水平に置くか垂直に置くかで、ハンマーの戻り方が変わります。その違いはグランドピアノとアップライトを比べた記事で扱っています。
一段深く:チェンバロの強弱は“弦の本数”で作る
音響設計の目で見ると、チェンバロの強弱は、1本の弦をどれだけ強く鳴らすかではなく、何組の弦を同時に鳴らすかで作られています。ふつうの高さの「8フィート」の弦に、1オクターブ上の「4フィート」の弦を重ねれば、音が厚くなります。2段鍵盤の楽器では、上下の鍵盤をつなぐ仕組みで、鳴らす弦の組をさらに切り替えられます。
楽器ごとの音の性格にも幅があり、日本語版ウィキペディアは、イタリアのチェンバロは音の減衰が早く、歯切れのよい音が特徴としています。この仕組みでは、音量は“段階”で変わり、ピアノのように少しずつ大きくしていくことはできません。ただし、どちらの楽器も弦を一度励ますだけで、その後は弦の振動が減っていくのを待つ楽器です。鍵を押さえ続けても音が同じ大きさで続かない点は、二つに共通しています(ここは発音の仕組みからの私の整理です)。
よくある質問
Q. チェンバロとハープシコード、クラヴサンは別の楽器ですか
A. 同じ楽器です。チェンバロはドイツ語やイタリア語系の呼び名で、英語ではハープシコード、フランス語ではクラヴサンと呼ばれます。
Q. バッハの鍵盤曲は、ピアノで弾いてもよいのですか
A. 多くの曲がピアノでも弾かれています。ただし「ゴルトベルク変奏曲」のように2段鍵盤を前提に書かれた曲は、1段の鍵盤では手の交差が難しくなる部分があります。
まとめ
チェンバロとピアノは、同じ鍵盤を持ちながら、弦をはじくか叩くかで発音の仕組みが分かれます。その差が、チェンバロでは弦の組を切り替える段階的な強弱を、ピアノでは指で決める連続的な強弱を生みました。次にバロックの曲を聴くときは、同じ曲がチェンバロとピアノでどう違って聞こえるかを比べてみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
