「グランドピアノは音大やホール向け、アップライトは家庭の練習用」——なんとなく、そう思っていませんか。たしかに置かれている場所を見るとそう見えます。でも音響設計を学んだ側から私が見ると、両者を分けているのは値段でも大きさでもありません。弦と響板が水平か、垂直か。たった一点の構造の違いから、ほとんどの差が導けます。
グランドとアップライト、何が違うのか:まず1分だけ
グランドピアノは弦と響板が床とほぼ水平に寝ています。アップライトピアノは、その弦と響板を壁のように垂直に立てて、奥行きを圧縮した楽器です。鍵盤を押してハンマーが弦を打つという仕組み自体は同じ。でも「寝ているか、立っているか」というこの一点から、ハンマーの戻り方も、音の抜けていく方向も、ほとんどすべてが枝分かれしていきます。
本題:表で見る、寝ている楽器と立っている楽器
言葉で説明する前に、まず違いを一望してみます。
項目 | グランド | アップライト | そうなる理由 |
|---|---|---|---|
弦・響板の向き | 水平(床と平行) | 垂直(壁のように立つ) | 奥行きを抑えて設置面積を小さくするため、弦を立てて折りたたむ発想で作られている |
ハンマーの戻り方 | 重力で自然に落ちて戻る | スプリングの力で戻す | グランドはハンマーが弦の下から真上に打ち、打った後は自重で落下する。アップライトは弦に対して横から打つ向きなので、重力だけでは元の位置に戻らない |
連打のしやすさ | 戻りが速く、次打までの余裕が大きい | 戻りにやや時間がかかる | 重力の落下速度は一定で速いが、スプリングは部品を介す分だけ動きが一拍遅れる |
音の出ていく方向 | まず真上へ抜け、蓋や天井で反射して届く | おもに背面の壁側へ抜ける | 響板が水平か垂直かで、音が最初にぶつかる面が変わる |
この表の核は2行目です。グランドは弦の下からハンマーが跳ね上がって打ち、打ち終えたハンマーはただ落ちるだけで元の位置へ戻ります。重力がそのまま「戻る力」として使えるのがグランドのアクションです。一方アップライトは弦が垂直に立っているので、ハンマーは横向きに動いて弦を打ちます。この向きでは重力は戻る方向に働いてくれないので、スプリングで押し戻す仕組みが要ります。
速い連打を求める曲(たとえばソナタ形式の展開部のような、同じ音を刻んで畳みかける場面)で両者の差がいちばん実感しやすいのは、この重力の使い方の違いによるものです。
一段深く:音は、どこへ出ていくのか
私が音響設計の側から面白いと思うのは、この違いが「弾きやすさ」だけでなく「音の届き方」まで決めている点です。グランドは響板が水平なので、音はまず上へ向かって出ていきます。それを蓋(大屋根)や天井が受け止めて反射させ、客席に届けます。つまりグランドの音は、いったん空間で一度跳ね返ってから聴き手に届く音です。
アップライトは響板が垂直に立っているので、音はおもに背面の壁側へ抜けていきます。壁に近い場所に置かれることが多い楽器なので、その壁がどんな材質でどれくらい部屋に囲まれているかを、音が直接受け取ることになります。
同じ楽器なのに、置かれる部屋によって印象が変わって聞こえることがあります。それは弾き手や調律のせいだけではなく、響板が向いている方向と、その先にある壁や天井の反射のしかたが、そのまま音に乗っているからです。私はこれを「楽器と部屋、どちらか一方ではなく両方で音が設計されている」と捉えています。ホールで聴くグランドの音がなぜ会場ごとに違って聞こえるのか、その手がかりはなぜホールによって音が違うのかにもつながる話です。反射を経て届く音である以上、客席のどこで聴くかによって、蓋から出た音を先に受け取るか、間接的な反射を多く受け取るかも変わってきます。
よくある質問
Q. アップライトは連打に向かないと聞きました。本当ですか。
A. 構造上、戻りに重力をそのまま使えるグランドのほうが速い連打には有利とされます。ただしアップライトのアクションも改良が重ねられており、通常の演奏や練習で困る場面は多くありません。差が出やすいのは、ごく速い連打を長く続けるような限られた場面です。
Q. アップライトで弾いた曲を、そのままグランドで弾いても大丈夫ですか。
A. 大丈夫です。鍵盤を押してハンマーが弦を打つという基本の仕組みは共通しているので、指づかいや読譜が変わるわけではありません。変わるのは、ハンマーの戻りの感触と、音が耳に届くまでの経路です。弾き比べると、その違いに気づきやすいはずです。
まとめ
グランドとアップライトの違いは、大きさでも値段でもなく、弦と響板が水平か垂直かという一点に始まっています。そこからハンマーの戻り方が決まり、音の出ていく方向が決まります。全部を丸暗記しなくてかまいません。まずは「寝ている楽器か、立っている楽器か」——その一点だけ覚えて、次にピアノの前を通りかかったときに、少し眺めてみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
