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コラム音とホールの科学

ラの音は440Hzと決まっているのに、なぜ楽団ごとに高さが違うのか

ラの音は440Hzと決まっているのに、なぜ楽団ごとに高さが違うのか

オーケストラの基準になる「ラ」の音は、国際規格ISO 16で440Hzと定められています。ところが実際の楽団は、規格どおり440Hzの団体もあれば、444Hzあたりまで高く合わせる団体もあります。規格は基準を示すだけで、どの高さで合わせるかは、楽団が自分で選んでいるのです。

演奏会の前に、オーボエが「ラ」の音を出して、全員が合わせていく場面を見たことはありませんか。あの音は、世界じゅう同じ高さだと思われがちです。じつは、同じ「ラ」と呼ばれる音でも、楽団によって高さが違います。

私はテューバ奏者で、楽器全体の高さを抜差管(ぬきさしかん)で決める側です。基準が違う楽団で吹くときは、管の位置を変えて高さを合わせます。その立場から、基準音の歴史を見ていきます。

楽団ごとに違う理由:まず1分だけ

答えの核は2つあります。1つは、規格が基準を示すだけで、楽団に高さを強制しないことです。1955年にISOが勧告として採用し、1975年に規格になったあとも、1964年の調査では441Hzや442Hzで合わせる楽団がありました。もう1つは、基準の高さが上がろうとする傾向が、17世紀の初めから記録されていることです。

ほとんどの楽団は、オーボエが出す音に合わせてチューニングします。オーボエ奏者は電子チューナーでその音を出すことが多く、ピアノも、楽団と共演するときは、その高さに合わせて調律されます。オーボエが最初になる理由は、オーケストラのチューニングはなぜオーボエから始まるのかで書きました。

以下では、その音の高さ、つまりラの周波数が、歴史の中でどう動いてきたかを年表で見ます。国際規格が決まるまでにも、決まったあとにも、さまざまな値が使われてきたことが分かります。

基準音の年表:435から440、そして443へ

時期

出来事

17世紀初め

ミヒャエル・プレトリウスが、音の高さが上がりすぎて歌手が喉を痛めていると書いた

1834年

ヨハン・ハインリヒ・シャイブラーが、音の高さを測る道具を作り、ラを440Hzにすることを提案した

1859年

フランスが法律で、ラを435Hzと定めた。歌手たちの抗議が大きな要因だった

1885年

オーストリア政府も435Hzを勧告した

1936年

アメリカ規格協会が440Hzを勧告した

1939年

ロンドンの国際会議で、ラを440Hzとすることが合意された

1955年

国際標準化機構(ISO)が勧告として採用した

1975年

ISO 16として規格化された

この年表で目を引くのは、国際基準が一度決まると、それで音の高さの競争が終わったわけではないことです。1859年にフランスが定めた435Hzは、20世紀に入ると440Hzに置き換えられました。基準が上がる動きは、17世紀の初めから見られたもので、器楽曲が声楽よりも重んじられるようになった時期と重なります。

楽団ごとに、どれくらい違うのか

1964年の調査では、アメリカの代表的な31の楽団のうち、19が440Hzで、残りは441Hzか442Hzで合わせていました。1987年のニューヨーク・タイムズは、交響楽団と歌劇団の多くのラが440から444Hzの範囲にあると伝えています。ヨーロッパ大陸では、440Hzから444Hzの範囲が一般的だとされます。

名前の分かる例もあります。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、443Hzを使っているとされ、以前に使っていた最高の基準だった445Hzより少し低くなっています。指揮者のレナード・バーンスタインは、ニューヨーク・フィルハーモニックを442Hzでよく合わせ、ピアノ調律師の組合から苦情が出たと伝えられています。

楽団が高めに合わせる理由として、「音を明るく聞かせたい」という説明を見かけることがあります。ただ、楽団が公式にそう説明した資料は確認できなかったので、理由はここでは断定しません。確かに言えるのは、基準が上がろうとする傾向が昔からあり、1859年のフランスのように、法律で止めようとした例もあった、ということです。

一段深く:440と442の差は、聞こえる差なのか

半音の100分の1を1セントと言います。440Hzと442Hzの差は約8セントで、443Hzとなら約12セントです。数字だけを見れば、半音のほんの一部にすぎません。

けれども、基準が違えば、演奏する側の仕事は確実に変わります。テューバでは、抜差管を動かして楽器全体の高さを変えます。ほかの楽器とも、ピアノとも、同じ高さにそろえなければ合奏にならないからです。

バロック音楽では、さらに低い基準を使います。現代のバロック音楽の楽団の多くは、ラを415Hzに合わせます。これは440Hzのちょうど平均律の半音下にあたります。ドイツのバロック作品では、460から470Hzほどのコーアトーンという基準で演奏することもあります。

ホールによっても、同じ高さの音の響き方は変わります。その仕組みはなぜホールによって音が違うのかや、客席のどこで聴くのがいいのかで整理しました。

よくある質問

Q. 基準音の440Hzは、いつ決まったのですか

A. 1939年の国際会議で合意され、1955年にISOが採用し、1975年にISO 16として規格化されました。1834年にはすでに、440Hzを標準にする提案もありました。

Q. バロックの演奏会で、ラが低いのはなぜですか

A. 現代のバロックの楽団の多くは、ラを415Hzにそろえているためです。これは440Hzのちょうど半音下にあたる高さです。

Q. 日本の楽団は、何Hzで合わせていますか

A. 団体ごとに違い、一括りにはできません。楽団が公表している値があれば、それが確かな情報です。

まとめ

ラの音は440Hzと規格で決まっていますが、実際の楽団は、440Hzから444Hzほどまで、団体ごとに違う高さで合わせています。規格は基準を示すだけで、基準が上がろうとする傾向は、17世紀から記録されてきました。次に演奏会でチューニングを聴くときは、いま鳴っているのはどの楽団の「ラ」なのか、想像してみてください。

この記事を書いた人

小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。

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