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コラム音とホールの科学

ステージの上の奏者に聞こえる音は客席とどう違うのか|遅れて届く理由

ステージの上の奏者に聞こえる音は客席とどう違うのか|遅れて届く理由

客席で聴くオーケストラは、一つの大きな音のかたまりとして耳に届きます。ところが、その音を出している舞台の上では、奏者の耳に入る音がまるで違っています。自分の楽器の音は大きく聞こえ、反対側に座るパートの音は、少し遅れて聞こえてきます。

この違いのもとは、音の速さです。音は空気中を秒速約343m(気温20℃のとき)で進むので、舞台の端から端まで届くのに、無視できない時間がかかります。舞台のいちばん奥に座るテューバ奏者の私にとって、この遅れは毎回の演奏で向き合う現実です。

舞台の上の音:まず1分だけ

舞台の上で聞こえる音は、届き方で3つに分けると整理できます。

  1. 直接音:楽器から聞き手の耳へ、まっすぐ届く音です。最初に届き、距離が近いほど大きくなります。
  2. 舞台まわりの反射音:舞台の床や壁、天井にぶつかってから届く音で、直接音のあとに続きます。
  3. ホール全体の響き:客席側の壁や天井で反射して、遅れて戻ってくる音です。

客席では、この3つがすべての楽器の音と混ざった状態で届きます。舞台の上では、自分の楽器の直接音がいちばん近くから届き、離れたパートの直接音はそれより遅く、小さく届きます。

距離が1m離れるごとに、約3msずつ遅れる

音が届くまでの時間は、距離を音速で割れば出ます。気温20℃で音速を343m/sとして、舞台の上で起こりうる距離ごとの遅れを計算すると、次のようになります。

距離

音が届くまでの遅れ

♩=120の1拍(500ms)に対する割合

1m(すぐ隣の奏者)

約2.9ms

約0.6%

5m

約14.6ms

約2.9%

10m

約29.2ms

約5.8%

15m

約43.7ms

約8.7%

20m

約58.3ms

約11.7%

この表の距離は、遅れの大きさをつかむための例です。実際のホールの舞台の寸法ではありません。気温が10℃変わっても、音速は2%ほどしか動かないので、傾向は同じです。

音の大きさにも差が出ます。点とみなせる音源から出た音は、距離が2倍になると、音圧がおよそ6dB下がるとされています。自由な空間の理想として計算すると、1mの近さと15m離れたパートでは、直接音で約24dBも差があることになります。

一段深く:舞台の上の「聞き合い」を測る指標がある

舞台の上で、奏者どうしがお互いの音を聞き合えているかどうかは、音響の研究で数字にされています。代表的な指標が、ST early(ステージサポート)です。直接音のあとの0.02秒から0.1秒(20〜100ミリ秒)の反射音のエネルギーを、最初の0.01秒(10ミリ秒)の直接音と比べた値で、音源から1mの位置で測ります。

この時間帯の反射音には、自分の楽器の音だけでなく、アンサンブル全体の音が含まれると考えられています。そのため、ST early は「お互いの音がどれだけ聞こえるか」を表す指標として、広く使われるようになりました。舞台の上に反射板(キャノピー)を吊るすホールがあるのも、舞台まわりの反射を奏者へ返すためとされています。

ここで、合奏の工夫が見えてきます。遠いパートの音が遅れて届くのなら、音を聞いてから合わせに行くと、その遅れがそのまま演奏の遅れになります。大編成の奥の列の奏者は、音の遅れに左右されない目の情報、つまり指揮者の打点を頼りにするよう求められます。指揮者の仕事そのものは、指揮者の役割を扱った記事で詳しく書いています。

客席と舞台とで音が違って聞こえる背景には、オーケストラの並びがあります。奥の列から手前の弦楽器の頭越しに音を届ける様子はオーケストラの楽器配置の記事で、客席の位置による聞こえ方の違いは席と音の関係の記事で整理しています。ホールの響きの長さは、残響時間の記事も合わせてどうぞ。

よくある質問

Q. 客席の人にも、遠いパートの音は遅れて聞こえますか

A. 同じ原理で、距離の違う楽器の音は時間差をもって届きます。ただ、客席の聴き手は音を聞くだけで、合わせる側ではありません。舞台と客席で「遅れ」の意味が違うところが、面白い点です。

Q. 気温が上がると、遅れは変わりますか

A. 音速は気温が高いほど速くなり、1℃上がるごとに秒速0.6m前後ずつ増えます。気温が5℃上がっても、遅れが短くなるのは1%ほどです。

まとめ

舞台の上の奏者は、客席とは別の音を聴いています。自分の楽器の音は近くて大きく、遠いパートの音は秒速約343mの時間をかけて届きます。次に演奏会へ行ったら、奏者たちが指揮者の手を見つめる様子に注目してみてください。音の遅れを超えて合わせるための、目の頼りが見えてきます。

この記事を書いた人

小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。

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