オーケストラの金管セクションを見渡すと、トランペットやトロンボーンは、ベルを前や上に向けて構えています。ホルンは、ベルを後ろに向けて座っています。奏者は、その大きく開いた口の中に右手をすっぽり入れて吹いています。
ベルが後ろを向いている理由と、右手をベルに入れる理由は、じつは別々の話です。ベルの向きは、狩りで使った金属のホルンを肩にかけて運んだ形の名残だと言われ、右手を入れる奏法は、それより後の18世紀の半ばに生まれました。この二つが重なって、いまのホルンの姿になっています。
ホルンのベルと右手:まず1分だけ
二つの特徴を並べると、役割がまったく違うことが分かります。
特徴 | いつ・なぜ生まれたか | いまの役割 |
|---|---|---|
ベルが後ろを向く | ナチュラルホルンのころから。肩にかけて運ぶ形だったためと言われる | 音がステージ奥の壁で反射してから客席に届き、まろやかに聞こえる |
右手をベルに入れる | 18世紀半ばに広まった奏法。自然倍音以外の音を出すため | 楽器を支える。音程や音色を微調整する。ストップ音を出す |
この表で大事なのは、右手の奏法が「ベルを後ろに向けた理由」ではない点です。ベルはすでに後ろを向いていて、そこへ右手を入れる技が後から加わりました。順番を知っておくと、ホルンの姿が少し立体的に見えてきます。
ベルが後ろを向くと、音はどう変わるのか
ホルンの音は、客席に直接向かわず、いったんステージ奥の壁にぶつかってから客席に届きます。壁にあたるときに、金管らしい鋭い角がやわらいで、まろやかな音になります。ホルンの音色が「やわらかい」と言われる理由のひとつは、この反射にあります。
反対に、ベルの向いている側、つまりホルン奏者の後ろに立って聴くと、金管らしい張りのある音がそのまま届きます。ホルンの音は壁の材質にも左右されるため、同じ奏者でも、ホールによって聞こえ方が変わります。楽器と舞台の壁が、ひと続きの装置として働いているわけです。
吹奏楽の舞台でも、金管の並びとベルの向きは音の聞こえ方に関わります。ホルンが後ろ向きなことは、吹奏楽の楽器配置の記事でも前提として出てきます。
右手をベルに入れる:もうひとつの理由
ナチュラルホルンは、バルブのない管だけの楽器で、自然倍音の音しか出せませんでした。右手をベルの中に入れて位置を変えると、音程を半音や全音ほど動かせることが発見され、18世紀半ばにボヘミアの奏者ハンペルが広めたとされています。この奏法によって、半音階を含む旋律が吹けるようになりました。
19世紀前半にバルブが付いたあとも、右手は仕事を終えていません。いまの右手は、楽器を支えるため、そして音程や音色を細かく整えるために使われます。右手でベルを完全にふさぐと、鋭く金属的な音になり、音程はおよそ半音高くなります。楽譜には「+」の記号で指示されます。
右手がベルに入っているため、バルブのレバーは左手の指で操作します。多くの金管楽器は右手でバルブを押さえるので、ここもホルンの特徴です。
一段深く:右手は“ベルの太さを変える手”
音響の目で見ると、ベルに入れた右手は、ベルの口を実質的に狭める働きをしています。管の太さが変わると、共鳴する音の高さと、音色のバランスが変わるので、右手の位置を動かすと音程が動きます。
管の一部の半径を変えたときに音程がどう動くかは、テューバ奏者の自習室の凹み(デント)の回で計算しています。そこでは、同じ深さの凹みでも、場所によって音程の動きが変わることを確かめました。ホルンの右手は、その仕組みを手の動きで使いこなしている、と見ることもできます。
ただ、音色の面での代償もあります。開放の音とストップの音、右手を半分入れたときの音では、音色が少しずつ違ってしまうのです。ホルンが難しいと言われる別の理由は、倍音列から見たホルンの難しさの記事で扱っています。
よくある質問
Q. ベルが後ろを向いていて、音は小さくなりませんか
A. 直接客席へ向かう音よりは角が丸くなりますが、壁で反射した音が客席に届くため、聞こえなくなることはありません。ホールの舞台奥の壁の材質や形によって、聞こえ方が変わります。
Q. ホルンのミュートは、右手のストップと何が違いますか
A. ホルンは、手でベルをふさぐ「ストップ」のほかに、ふつうのミュートや専用のミュートも使います。手で深くふさぐと音程がおよそ半音上がるので、奏者はそのぶん低く吹いて調整します。
まとめ
ホルンのベルが後ろを向いているのは、肩にかけて運ぶ狩りのホルンを肩にかけた形に由来すると言われ、いまはステージ奥の壁で音をまろやかにする役割も果たしています。右手をベルに入れる奏法は、それとは別に18世紀半ばに生まれた技で、いまも楽器を支え、音程や音色を整えるために使われています。次にホルンを見るときは、ベルの向きと右手の位置を、別々の二つの工夫として眺めてみてください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
