クラシックの番組表に並ぶ「交響曲第5番 作品67」「BWV1068」「K.550」。こうした記号を見て、「暗号みたいで難しい」と、そっと目を逸らしたことはありませんか。演目リストの隅に小さく書かれた、専門家だけがわかる整理番号——そう思われても無理はありません。
音響設計と音楽マネジメントを学び、いまはテューバ奏者として舞台に立つ私から見ると、この番号はむしろ逆です。作品番号は難しい記号ではなく、作曲家がどう働き、どう生き、どう記録されてきたかを教えてくれる小さな手がかりです。
作品番号(Op.)とは? ー まず1分だけ
Op.は「Opus(オーパス、ラテン語で“作品”)」の略で、作曲家や出版社が発表した作品に付けた通し番号です。「交響曲第5番」だけでは同じ番号の交響曲を持つ作曲家が何人もいて混同しやすいところ、Op.の数字が作品を一つに特定してくれます。ここまでは辞書的な説明。本題は、この番号が実は「作った順」とは限らないという点です。
“通し番号”なのに、順番通りじゃない理由
Op.番号は多くの場合、作曲した順ではなく出版した順に付けられます。作曲家が生前に発表した曲は数字がおおむね時系列に沿いますが、死後に見つかった草稿や、生前に発表しなかった作品には、出版社が便宜的に番号を割り振ります。ショパンの遺作の多くに「Op.posth.(遺作)」という注記が付くのはこのためで、番号だけを見ると本人の創作順とはずれています。
ブラームスのように、自分が納得できない未発表の初期作を破棄し、納得できた作品を選んでOp.1として世に送り出した作曲家もいます。つまりOp.番号は、作曲家自身が「これは世に出す価値がある」と判断した順番の記録でもあるのです。番号の抜けや飛びに、作曲家の几帳面さや葛藤が透けて見えることがあります。
バッハのBWV、モーツァルトのK番号 ー番号が教えてくれること
バッハは生前、自分の作品に組織的な番号を付けていませんでした。今の「BWV」は、バッハの死から200年後の1950年、音楽学者ヴォルフガング・シュミーダーが全作品を整理してまとめた作品目録(Bach-Werke-Verzeichnis)の番号です。ただしBWVは作曲順ではなく、カンタータ、次いでオルガン曲、鍵盤曲……とジャンルごとに整理されています。だから「BWV1000番台だから晩年の曲」とは言えません。
一方、モーツァルトの「K.」は1862年、音楽学者ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルが作った目録の番号で、こちらはほぼ作曲年代順に振られています。K.1は5歳ごろの幼い手による小品、K.626はモーツァルト最後の作品「レクイエム」——本人は未完のまま世を去り、弟子のジュスマイアーが補筆しました。K.550は交響曲第40番。番号を並べるだけで、35年の生涯の輪郭がうっすら見えてくるのです。同じように、ハイドンにはHob.番号、シューベルトにはD.番号が振られており、こちらも作曲家ごとに後年専門の研究者が整理したものです。
番号は「誰のために設計されたか」で変わる
ここが、私が面白いと思う核心です。Op.番号とBWV・K番号は、同じ「番号」でも設計された目的が違います。Op.は出版社が売るために付けた商業上の通し番号。BWVやKは、後世の研究者が調べ、演奏し、比較するために設計した研究上の索引です。目的が違えば、同じ情報を整理しても出てくる並び順はまったく別物になります。これは、私が現場の業務改善で見てきた構図とも重なります。誰が何のために使う番号なのかを決めずに振られた番号は、後から見ると使いにくいものです。
実際、リハーサルの現場でも「交響曲第5番」だけでは足りない場面があります。同じ番号の交響曲はベートーヴェンにもチャイコフスキーにもショスタコーヴィチにもあり、指揮者が「作品67のほう」と一言添えるだけで、全員の譜面がぴたりと合います。番号は暗記の対象ではなく、混乱を防ぐための道具として、いまも現役で働いています。
よくある質問
Q. 番号が大きいほど後年の作品ということですか?
A. 作曲家が生前に自分で番号を管理していた場合は、おおむねその通りです。ただし遺作や出版の都合で後から番号が付いた作品もあるため、絶対の目安にはなりません。BWVのようにジャンル別に整理された目録では、番号と作曲時期はそもそも対応していません。
Q. すべての作曲家にBWVやKのような番号があるのですか?
A. いいえ。専門の研究者が目録を作るほど研究・演奏の需要がある作曲家に限られます。バッハ・モーツァルト・ハイドン・シューベルトなどは代表例ですが、それ以外の多くの作曲家は出版社が付けたOp.番号だけで、あるいは番号自体が付かないまま伝わっている作品も少なくありません。
まとめ
作品番号は、覚えるための暗号ではありません。Op.は出版された順番の記録、BWVやKは後世の研究者が作曲家の生涯を追いかけて設計した地図——そう捉えると、プログラムノートの片隅の記号が、少し違って見えてきませんか。次にコンサートのチラシで「Op.」や「K.」を見かけたら、その数字が誰の、何のために付けられたのかを、少しだけ想像してみてください。
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この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
