マウスピースの奥、バックボアの出口とマウスパイプの入口のあいだにできるわずかな隙間を「ギャップ」と呼びます。この隙間の大きさが音程や音色、吹奏感まで左右するという話は、もともとトランペット奏者のあいだで語られてきたものです。ギャップにちょうどいい大きさがあるのか、テューバの架空モデルに翻案して計算で確かめました。
結論
この記事で計算したのは、ギャップの長さを0mm(基準)から8mmまで変えたときの音程のズレと、「音のツボの深さ」の変化です。
よくある疑問 | 判定 | ひとこと |
|---|---|---|
ギャップには最適値がある | 違った | 音程もツボの深さも0mmから8mmまで単調で、途中に山も谷もありませんでした(吹き心地は別途) |
ギャップの大小で音程が変わる | 条件つき | 小さいギャップ(1〜2mm)では最大1.3セントで、気づける目安の5セントに届きません。8mmまで拡げてようやくモード4が5.3セントに達します |
ギャップで音色・吹奏感・抵抗感が変わる | 今回は確かめられず | この計算は定常状態の共鳴だけを扱っていて、音色や唇の振動、息の通りは対象外です |
検証したこと
計算機の中に置いたのは、下の形のB♭テューバです。実物の4/4サイズを想定して組んだ架空の基準モデルで、このシリーズの記事はすべて同じ楽器を使っています。

- 管の全長:まっすぐ伸ばすと約5.6m
- ボア(バルブ区間の内径):19mm。実物の4/4サイズと同じ寸法です
- ベル径:400mm。実機の4/4(概ね420〜480mm)よりやや小さめです
- 基準:A4=442Hz、管の中は25℃
このモデルでは、マウスピースのバックボア出口(直径13mm)が、そのままの太さでマウスパイプの入口につながっています。今回はその間に、レシーバーの内径を想定した内径15.6mmの円筒を挟み込みました。
- 挟んだ長さ:g=0(基準)/1/2/4/8mmの5段階
- 固定したもの:挟んだ円筒の内径15.6mm、バックボア出口の直径13mm、マウスピースから先の形はすべて共通モデルと同じ
- 見た音域:モード2〜8(低いB♭からB♭3まで、他の記事と同じ範囲)
円筒1本のぶん、管がわずかに伸びる
直径13mmの管の途中に内径15.6mmの円筒を挟むと、太さの変わり目(段差)が2か所(出口でいったん広がり、入口手前でまた狭まる)できます。この円筒は、実効的な空気室の体積をわずかに増やす付加管として働きます。だから、ギャップを伸ばすほど、どのモードも同じ向きに(大きさは違いますが)下がりました。
検証結果
音程のズレ(Δセント、g=0mm基準)は次のとおりです。
g [mm] | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
0(基準) | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 |
1 | −0.2 | −0.2 | −0.6 | −0.4 | −0.3 | −0.4 | −0.3 |
2 | −0.5 | −0.5 | −1.3 | −0.8 | −0.6 | −0.9 | −0.7 |
4 | −1.0 | −1.0 | −2.6 | −1.6 | −1.3 | −1.8 | −1.3 |
8 | −2.0 | −2.1 | −5.3 | −3.3 | −2.6 | −3.7 | −2.7 |

すべてのギャップの長さ・すべてのモードでΔセントは負でした。上ずる方向への反転は一度も起きていません。値はほぼ線形で、この計算の中ではg=8mmの結果はg=1mmのおおむね8〜9倍です。ちょうど8倍にならないのは、基準にした「ギャップ0mm」が計算上は長さ0.1mmの円筒だからで、比例そのものが崩れているわけではありません(段差の端補正を入れると傾きは変わります)。動きが大きいのは一貫してモード4で、他のモードの1.4〜2.6倍動きます。もっとも大きく動いたのはg=8mm・モード4の−5.3セントで、知覚できる目安とされる5セントをわずかに超えました。
「音のツボの深さ」の変化は、この範囲では終始小さいままでした。最大値はg=1/2/4/8mmでそれぞれ0.02/0.04/0.08/0.16dB(いずれもモード8)。気づける目安とされる1dBの1/5にも届きません。ここでのdBは、放射される音圧そのものではなく、入力インピーダンスのピークの高さの差です。
疑問と照らし合わせる
「ギャップには最適値がある」→ 違った
0mmから8mmまで、音程はひたすら下がる一方でした。途中でどこかが持ち上がったり、逆に落ち込んだりする点は見つかりませんでした。「ここが一番良い」という一点は、この計算の範囲には存在しません。
「ギャップの大小で音程が変わる」→ 条件つき
計算上は変わりますが、小さいギャップ(1〜2mm)では最大でも1.3セントで、気づける目安の5セントには遠く届きません。5セントに触れるのは、モード4でg=8mmまで拡げたときだけです。8mmは、通説を試すためにこの計算で取った上限であり、実機でこの大きさが生じるかどうかは今回扱っていません。「変わる」と「気づける」の間には距離があります。
「ギャップで音色・吹奏感・抵抗感が変わる」→ 今回は確かめられず
この計算が扱っているのは、定常状態での共鳴の位置と高さだけです。音色や唇の振動、息の通り方は、いずれも別のモデルが要ります。今回のモデルの外側にある問いです。
用語のはなし
セントは音程の細かさを表す単位です。半音を100等分したものが1セントで、人が音程の違いに気づけるのは条件にもよりますが5セントあたりからと言われています。
ツボの深さは、この記事で使っている言い方です。音響の言葉では入力インピーダンスのピークの高さと言います。マウスピース側から見て、その周波数で楽器の中の空気がどれだけ強く押し返してくるかを表す量で、外へ出ていく音の大きさそのものではありません。
レシーバーは、マウスパイプの先端についた、マウスピースを差し込む金具です。ギャップは、このレシーバーの内径とマウスピースの外径・挿し込み深さの兼ね合いで生まれます。
この記事について
この記事は、数値シミュレーションによる検証です。実機のギャップが持つ環状の隙間・空気漏れ・挿し込みの傾き、太さの変わり目で空気が受ける付加的な重さ(端補正)、実機で典型的なギャップが何mmかという公差の実態は、内径15.6mmの円筒1本への単純化の中でどれも扱っていません。もともとトランペットの文脈で語られてきた通説を、架空のB♭テューバのモデルに翻案した検証である点も踏まえてお読みください。
「この説も計算してみてほしい」というものがあれば、ぜひテューバ奏者の自習室の投稿フォームから教えてください。お名前も連絡先も要りません。順番に検証して、結果が出たものから記事にします。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
