“抜差管を1mm動かすと音程が約2セント動く”というのは、トランペット奏者からよく聞く経験則です。だから1mm単位でチューニングを追い込める、という理屈が続きます。テューバでも同じ換算を持ち込んでいいのか気になっていました。管の長さがまるで違うからです。計算で確かめました。
結論
よくある疑問 | 判定 | ひとこと |
|---|---|---|
抜差管を1mm動かすと約2セント変わる | 違った | 計算ではテューバは平均−0.57セント/mm。よく言われる2セント/mmの約1/3.5しかない |
だからチューニングは1mm単位で追い込める | 違った | 1mmでは知覚閾値の5セントに届かない。いちばん敏感な音域でも届くのは6mm台から |
検証したこと
計算機の中に置いたのは、下の形のB♭テューバです。実物の4/4サイズを想定して組んだ架空の基準モデルで、このシリーズの記事はすべて同じ楽器を使っています。

- 管の全長:まっすぐ伸ばすと約5.6m
- ボア(バルブ区間の内径):19mm。実物の4/4サイズと同じ寸法です
- ベル径:400mm。実機の4/4(概ね420〜480mm)よりやや小さめです
- 基準:A4=442Hz、管の中は25℃
この楽器のバルブ区間のすぐ後ろに、同じ太さの円筒を挿し込んで管を伸ばしました。奏者が抜差管を引き抜く動作を、管の長さが伸びる操作に置き換えたものです。
- 伸ばした量:2/5/10/20/40mmの5段階
- 挿し込んだ場所:バルブ区間の直後(太さは周囲と同じ)
- 見た音:モード2〜8(低いB♭からB♭3まで)
抜差管はU字、だから1mmは2mm分伸びる
ここで単位をそろえる必要があります。実物の抜差管はU字形で、2本の脚が並んでいます。奏者がスライドを1mm引き抜くと両方の脚がそれぞれ1mm伸びるので、管全体としては2mm伸びます。計算で挿入した円筒の長さ(管長そのものの増加分)を奏者が引き抜いた量に直すには、2で割る必要があります。
もう一つ確かめておきたいことがありました。トランペット通説の“1mm”は、管長の増加分なのか、奏者が引き抜いた量なのか。仮に管長の増加分だとして2セント/mmを当てはめると、逆算される管の長さは約0.87mとなり、実際のトランペットの全長(約1.48m)より短くなってしまいます。物理的にありえない数字なので、通説の“1mm”は引き抜いた量のほうだと判断しました。テューバの結果も同じ基準にそろえて比べます。
検証結果
引き抜いた量1mmあたりに直すと、モードごとの音程の下がり幅は次のとおりでした。
モード | 音 | セント/mm |
|---|---|---|
2 | B♭1 | −0.52c |
3 | F2 | −0.38c |
4 | B♭2 | −0.79c |
5 | D3 | −0.53c |
6 | F3 | −0.50c |
7 | A♭3 | −0.73c |
8 | B♭3 | −0.55c |

全モード平均は−0.57セント/mm。トランペット通説の2セント/mmと同じ基準で比べると、テューバの効きは約1/3.5しかありません。管が長くなるほど、同じ1mmが音程に効かなくなるということです。
挿入した長さを2mmから40mm(20倍)まで振っても、1mmあたりの下がり幅はどのモードでもほぼ一定でした。抜差管を大きく抜いても小さく抜いても、この換算係数はそのまま使えます。
疑問と照らし合わせる
「1mmで2セント」→ 違った。テューバは約1/3.5しか動かない
もっとも効きが強いモード4(B♭2)でも−0.79セント/mmで、通説の半分以下です。もっとも効きが弱いモード3(F2)は−0.38セント/mmで、5分の1にも届きません。管が長いぶん、同じ1mm分の抜き差しが管全体に占める割合は小さくなり、音程への効き方も弱くなります。
「1mm単位で追い込める」→ 違った。動いて分かるのは数mmから
人が音程差に気づけるのは、条件にもよりますがおおむね5セントからと言われています。テューバでこの5セントに届くには、もっとも敏感なモードでも約6mm、もっとも鈍感なモードでは約13mm抜く必要があります。1mmでは、どのモードでも耳で気づけるほどのズレになりません。
用語のはなし
セントは音程の細かさを表す単位です。半音を100等分したものが1セントで、ピアノの隣り合う鍵盤どうしがちょうど100セント差です。人が違いに気づけるのは、条件にもよりますが5セントあたりからと言われています。
抜差管(スライド)は、U字に曲がった管の一部を引き抜いて管全体の長さを変える仕組みです。バルブのように別の管に切り替えるのではなく、同じ管を伸び縮みさせるので、演奏中でも微妙な音程の調整に使われます。
モードは、管が共鳴して鳴らせる音の並びのことです。同じ管でも鳴らす音の高さによって、管の中の空気の動き方(よく揺れる場所とあまり揺れない場所)が変わります。抜差管を入れる場所がそのどこに当たるかで、伸ばした効果の出方がモードごとに違ってきます。
この記事について
この記事は数値シミュレーションによる検証です。抜差管の挿入位置はバルブ区間の直後1か所に固定していて、実機にある複数の抜差管(1〜3番バルブそれぞれと主管チューニングスライド)は個別に扱っていません。実際の楽器を測定したものではないので、位置や個体差によって数値は変わってきます。
「この説も計算してみてほしい」というものがあれば、ぜひテューバ奏者の自習室の投稿フォームから教えてください。お名前も連絡先も要りません。順番に検証して、結果が出たものから記事にします。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
