テューバを吹いていると、“冬は楽器が冷えて音程が下がる”、“でも吹いているうちに温まれば元に戻る”という話をよく耳にします。楽器全体が均等に温まっていくのなら理屈は通りますが、実際に息が通るのはマウスピース側からで、ベルの先まで同じように温まるとは限りません。一様に冷える場合と、温度に勾配がある場合とを分けて計算しました。
結論
よくある疑問 | 判定 | ひとこと |
|---|---|---|
冷えるとピッチが下がる | 本当 | 一様に冷える条件では、目安の“3セント/℃”よりわずかに小さい約2.9セント/℃で経験則とほぼ一致 |
だから吹いて暖めれば音程は戻る | 条件つき | 戻る向きは合っているが、モードごとに戻り方が揃わず最大3.05セントの差が残る |
検証したこと
計算機の中に置いたのは、下の形のB♭テューバです。実物の4/4サイズを想定して組んだ架空の基準モデルで、このシリーズの記事はすべて同じ楽器を使っています。

- 管の全長:まっすぐ伸ばすと約5.6m
- ボア(バルブ区間の内径):19mm。実物の4/4サイズと同じ寸法です
- ベル径:400mm。実機の4/4(概ね420〜480mm)よりやや小さめです
- 基準:A4=442Hz、管の中は25℃
この楽器を4つの温度条件に置き、モード2〜8の周波数を比べました。
- (A) 基準:管の中がぜんぶ25℃
- (B) 冷えきった状態:ぜんぶ10℃。ケースから出したばかりで、まだ吹いていない状態です
- (D) 吹き始め:マウスピース側30℃・ベル側10℃。息で手前だけ温まり、先はまだ冷たい状態です
- (C) 吹奏中:マウスピース側35℃・ベル側28℃。しばらく吹いて全体が温まった状態です
(B)→(D)→(C)が、冷えた楽器を吹き始めてから温まるまでの流れにあたります。
温度は音速を、音速は音程を動かす
音の高さは、管の中で往復する音波の速さと管の長さの釣り合いで決まります。温度が上がると音速が速くなり、管が短くなったのと同じ効果でピッチは上がります。一様に温度が変わるなら、この効果は管のどこでも同じ大きさで効くので、すべてのモードが同じだけ動きます。ところが温度に勾配があると話が変わります。モードごとに管の中で圧力が高くなる場所が違うため、同じ管でもモードによって「どこの温度をより強く感じるか」がずれます。

検証結果
条件 | モードのズレ(範囲) | モード間の差 |
|---|---|---|
(B) 一様10℃(冷えたまま) | −43.9〜−44.3セント | 0.4セント |
(C) 吹奏中の勾配(35→28℃) | +13.4〜+16.4セント | 3.05セント |
(D) 吹き始めの勾配(30→10℃) | −20.3〜−29.3セント | 9.02セント |
(B)は一様に温度が下がっているので、7つのモードはほぼ揃って0.4セント差の範囲に収まっています。(C)(D)は温度に勾配をつけたとたん、モードごとの差が広がりました。特に(D)は温度差が20℃と大きいぶん、モード間の差も9.02セントまで開いています。
疑問と照らし合わせる
「冷えるとピッチが下がる」→ 本当。しかもほぼ経験則どおり
基準25℃から一様に10℃まで下げると、7モード平均で−44.1セント下がりました。奏者の目安である“3セント/℃×温度差”に当てはめると、15℃差で−45セント。計算結果との差は1セント未満です。計算から逆算した値は約2.9セント/℃で、目安の“3”よりわずかに小さくなりました。この2.9セント/℃は理想気体の音速∝√Tという性質から理論的にも導ける値で、経験則と理論式が一致しました。
「吹いて暖めれば音程は戻る」→ 条件つき
冷えた楽器を吹き始めた直後を想定した(D)では、7モードが−29.3〜−20.3セントと戻る途中で、モード間の差は9.02セントに達します。人が気づける音程差はおよそ5セントからと言われているので、十分に気づかれる大きさです。吹き続けて温まり吹奏中の勾配(C)に近づくと、7モードは+13.4〜+16.4セントとプラス側に動き、モード間の差も3.05セントまで縮みます。それでもマウスピース側の音だけでチューニングを合わせれば、他のモードは別々にずれたままになりえます。
用語のはなし
モードは、管の中にできる定在波の種類のことです。1本の管でも、息の吹き込み方によって基音(いちばん低い音)だけでなく、その上に重なる何種類もの音(倍音)が出ます。それぞれの倍音が1つの“モード”で、この記事の「モード2〜8」は低いほうから2番目〜8番目の倍音を指します。
セントは音程の細かさを表す単位で、半音を100等分したものが1セントです。人が音程の違いに気づけるのは、条件にもよりますがおよそ5セントからと言われています。
温度勾配とは、1本の管の中でも場所によって温度が違う状態のことです。マウスピース側は息で暖かく、ベル側は外気に触れて冷たいままなら、管の中に温度の坂ができていることになります。
この記事について
この記事は、数値シミュレーションによる計算実験です。吹奏中の温度勾配の形は指数関数的に減衰する仮の設定で、実測にもとづいて校正したものではありません。勾配の絶対値そのものより、“一様に温まる場合と、勾配がある場合とでモード間の揃い方が変わる”という傾向として読んでください。呼気のCO2・水蒸気は考慮せず乾燥空気前提とし、真鍮管の熱膨張も未モデル化です(15℃差の影響は約0.5セント)。
「この説も計算してみてほしい」というものがあれば、ぜひテューバ奏者の自習室の投稿フォームから教えてください。お名前も連絡先も要りません。順番に検証して、結果が出たものから記事にします。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。
