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チャイコフスキー「くるみ割り人形」徹底解説|物語と組曲の関係

チャイコフスキー「くるみ割り人形」徹底解説|物語と組曲の関係

「くるみ割り人形」と聞いて思い浮かべるのは、「花のワルツ」や「金平糖の精の踊り」ではないでしょうか。年末になるとコンサートで頻繁に流れる、あの華やかな曲。でも、それだけを何度も聴いてきた方ほど、実は物語の後半をほとんど知らないということが起こりがちです。コンサートで演奏される「くるみ割り人形組曲」と、バレエ全曲は別物です。組曲は全曲から8曲だけを抜き出した“ダイジェスト盤”で、物語の大部分はそこに含まれていません。

演奏する側から見ると、聴き慣れた組曲の向こうに、まだ聴いていない物語が広がっています。

くるみ割り人形とは:まず1分だけ

チャイコフスキーが1892年に作曲した2幕のバレエで、原作はE.T.A.ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」(デュマの翻案経由)。クリスマスイブに少女クララ(版によってはマリー)がもらったくるみ割り人形が、夜中に王子へと姿を変え、彼女をお菓子の国へ連れていく物語です。振付はマリウス・プティパの構想をもとにレフ・イワーノフが担当しました。ここまでが、たいていの解説に書いてあることです。問題は、この後どこまで“聴いているか”です。

全曲の筋を追う:第1幕と第2幕

第1幕は、クリスマスイブのシュタールバウム家から始まります。パーティーの賑わい、クララがくるみ割り人形をもらう場面、真夜中にツリーが大きくなり、くるみ割り人形の兵隊たちとねずみの軍勢が戦う「戦いの場面」。ねずみの王様を倒したくるみ割り人形は王子に変身し、クララを連れて雪の松林を抜けていきます。ここで流れるのが「雪片のワルツ」。合唱が加わる版もあり、幕切れにふさわしい高揚感で第1幕を締めくくります。

第2幕は、お菓子の国です。金平糖の精と王子がクララたちを出迎え、各国のお菓子たちが次々に踊りを披露します。スペインの踊り(チョコレート)、アラビアの踊り(コーヒー)、中国の踊り(お茶)、ロシアの踊り(トレパック)、葦笛の踊り(フランス人形)、そして「花のワルツ」。最後に金平糖の精と王子のグラン・パ・ド・ドゥ(アダージョ・2つのヴァリエーション・コーダ)で物語は締めくくられます。

こうして並べると、第2幕は各国の踊りが次々続くディヴェルティスマン(余興的な踊りの連続)の構造だと分かります。物語としての起伏は第1幕に集中し、第2幕は音楽そのものを聴かせる作りになっています。バレエ全曲を通して観ると、この配分の妙が見えてきます。

組曲に入っている曲・入っていない曲

コンサートで演奏される「くるみ割り人形組曲 作品71a」は、チャイコフスキー自身が全曲の初演前に、演奏会用として8曲を選んで編んだものです。全曲は序曲を含めて20曲以上ありますが、組曲に選ばれたのはその一部だけ。この選び方に、作曲家自身が「音楽単体としてどこを聴かせたいか」を判断した跡が残っています。

組曲に入っている曲

全曲にしかない曲(一部)

小序曲

クリスマスツリーの場面(第1幕冒頭)

行進曲

戦いの場面(ねずみの王様との戦闘)

金平糖の精の踊り

雪片のワルツ(合唱付き・第1幕終曲)

ロシアの踊り(トレパック)

情景(お菓子の国への旅・第2幕冒頭)

アラビアの踊り(コーヒー)

金平糖の精と王子のグラン・パ・ド・ドゥ(アダージョ)

中国の踊り(お茶)

コーダ(フィナーレの一部)

葦笛の踊り

終幕のワルツとアポテオーズ

花のワルツ

スペインの踊り(チョコレート)

表を見ると、抜けているものの傾向が分かります。物語を運ぶ場面(戦い・情景・幕切れ)は組曲から外れ、独立した一曲として完結する踊りが選ばれているのです。組曲だけを聴いて「くるみ割り人形を知っている」つもりでも、クララとねずみの王様の攻防や、物語の結びであるグラン・パ・ド・ドゥは、実は一度も耳にしていないことになります。年末にコンサートで組曲を聴いたら、全曲版の映像や配信で残りの部分に触れてみると、印象がまるで違って聞こえるはずです。組曲とは何かを先に押さえておくと、この切り分けがより腑に落ちます。

楽器の話:チェレスタという新兵器

「金平糖の精の踊り」を聴いたことがある方なら、あの金属的で透明な音色を覚えているはずです。あれはチェレスタという鍵盤楽器の音です。見た目はアップライトピアノに似ていますが、内部には弦ではなく金属板が並び、ハンマーで打つと鈴を澄ませたような音が鳴ります。

1886年にパリで発明されたばかりの新しい楽器で、チャイコフスキーはこの音を聴いて衝撃を受け、ロシア初演のためにこっそり輸入させたと伝えられています。当時のオーケストラにこの音色はまだ無く、金平糖の精という“お菓子の国の住人”を描くのに、これ以上ふさわしい選択はなかったといえます。

同じチャイコフスキーでも、ビゼー「カルメン」のように民族色を打楽器や旋律で描く手法とは対照的に、ここでは楽器そのものの新しさで異世界を作っています。楽器の選び方ひとつで物語の輪郭がはっきりする好例です。

一段深く:組曲とは「全曲公演のための設計」ではない

ここからは、演奏する側の実感からお話しします。バレエの全曲公演は、踊りのテンポに音楽が従う仕事です。指揮者もオーケストラも、舞台上のダンサーの足の速さ、着地の一瞬、群舞が揃う呼吸に合わせてテンポを微調整します。「花のワルツ」ひとつをとっても、振付家の意図するステップの大きさによって、全曲公演での運びとコンサート単独の運びでは、テンポ設計そのものが変わってくる構造があります。踊りという“もう一つのパート”が音楽の外側に存在する前提で書かれているのが、全曲版の音楽です。

一方、組曲は演奏会という別の目的のために、踊りという前提を外し、音楽だけで起承転結が完結するように8曲を選び直しています。つまり組曲は「全曲のダイジェスト」というより、「同じ素材から、別の目的のために組み直した、もう一つの作品」だと捉えるほうが正確です。これは音楽に限った話ではなく、私が仕事の現場でも何度も見てきたことです。

よくある質問

Q. くるみ割り人形の主人公の名前は「クララ」と「マリー」、どちらが正しいの?

A. 原作のE.T.A.ホフマン版では「マリー」ですが、フランスのデュマによる翻案を経てバレエ化される過程で「クララ」という名が広まりました。現在の上演では版によって呼び名が異なり、どちらも間違いではありません。

Q. 「花のワルツ」と「金平糖の精の踊り」、どちらが有名?

A. どちらも組曲の代表曲ですが、チェレスタの独特な音色で知られる「金平糖の精の踊り」は特にCMやアレンジで単独使用される機会が多く、「花のワルツ」はハープの分散和音による優雅な導入部が印象的です。役割の違う2曲として、聴き比べてみると発見があります。

まとめ

コンサートで流れる「くるみ割り人形組曲」は、全曲のうち物語を運ぶ場面を外し、音楽単体で完結する踊りだけを集めた、いわば別作品です。組曲を何度も聴いてきた方こそ、全曲にも足を伸ばしてみる価値があります。まずは戦いの場面とグラン・パ・ド・ドゥ、この2つだけでも映像で覗いてみてください。組曲では出会えなかった物語の芯が、そこにあります。

あわせて読みたい:組曲とは何かクラシック初心者におすすめの名曲ビゼー「カルメン」徹底解説

この記事を書いた人

小林悠真(こばやし・ゆうま)/一般社団法人LFコンサート 代表理事/テューバ奏者。広島県三次市出身。九州大学で音響設計と音楽マネジメントを学び、デザイン思考を軸に持つ。演奏する側の実感と“音の仕組み”の両面から、「誰もが音楽にたどり着ける道筋」のリデザインに取り組む。

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